テナントリテンション
こんばんは、謎の不動産屋、Mr.Xです。本日、私の所有物件に住む入居者さんが更新に来てくれました。この入居者さんは、じつは我が物件内の最重要顧客です。というのも、平成ヒトケタの年代から入っている方で、私が競売で取得して大家になる前からの入居者さんなのです。そういう場合に容易に想像されるように、この入居者さんも例にもれず、周囲より割高な家賃で入っています。どのくらい割高かと言うと、あまり大きな声では言えませんが、相場家賃で70,000円相当の部屋を80,000円で借りてくれています。しかも、この物件は競売前に安く入居した人たちがいて、同じ70,000円相当の部屋を60,000円で借りている人も多いのです。つまりは、お隣同士で家賃に20,000円も差があるという、超不公平物件な訳です!6万円を基準にすると、なんと33%増しですね。。。我ながら、たいへん申し訳ない気持ちでいっぱいです。しかし、悪魔クラブの一員としては、決して自ら値下げを申し出たりはしません。ww 言って来られたら考えます。そのときはちょっとだけ下げてあげようと思っています!?さて、そんな優良な入居者さんが、私の不動産店に更新手続きに来てくれました。最初はその人だとは気付かなかったので、私は店の奥にいて、女性事務員が応対している様子を見ていました。しかし、その人の顔は特徴的でしたので、ちょっと考えている間に思い出しました。「あっ!505号室の天野さん(仮名)だ」と。そういえば、と、ここで過去の思い出がよみがえってきました。じつは2年前、私がこの物件の大家になり、契約書の巻き直しをした際に、この人とはけっこう気さくに話をしました。地元でラーメン店を営んでいるとのことで、「大家さんもこんど食べに来て下さい!」と熱心に勧誘されました。私も二つ返事で、「それはぜひ、近々行きますよ!」なぁんて調子の良いことを言っていました。しかし、結局この2年間の間に一度も訪れることはなかったのでした。地元のホントに近い場所にあり、何の縁が無くても、普通に食べに行っておかしくないようなお店であるにもかかわらずです。しかも、その間周辺の他のラーメン店には何度も訪れているのにです。その理由は、皆さん当然お気付きだと思いますが、値下げ交渉されないためにです。ヘンに接触をもってしまうと、何かの話のはずみで家賃の問題が出て来かねないからです。「ねぇ大家さん、ウチの隣の○○さんちも同じ家賃なの?」とか聞かれたら困ってしまいます。または冗談で、「餃子一皿サービスしとくからさぁ、ウチの家賃もサービスしてよ」とか言われかねません。そんな危ない場所には近付かないに限ります。ラーメン一杯食べに行って、家賃1万円下がったのでは、驚くべき高額ラーメンだったということになります。それが悔しいことに、そこのお店はとても評判が良いみたいです。地元にいながら一度も味わったことがないのはつくづく残念なところなのですが・・・。 さて、そんな記憶を辿りつつ、天野さんの顔を思い出した私は、心なしか背中を丸め、いつしかパソコンの陰に隠れるような体勢となってしまいました。このまま手続きが事務的に進めば、そのまま同じ家賃で継続されるはずです。私はそれまで息を潜めて、じっと待っていようと思い定めました。ところが、そんな姑息な考えは通用しないかのように、すぐさま事務員から「社長!」と呼びかけられました。「○○マンションの天野さんなのですが、お部屋のことで社長にぜひ相談したいことがあるそうです」私がデスクから顔を上げると、天野さんはこっちを見て二カッと微笑みます。いやな予感がしつつも、引っ込めない状況でしたので、重い腰を上げてカウンターまで向かいます。「社長、何とかして欲しいんだが、、、」と天野さんが言います。「何かお困りですか?」「いや~、じつはさぁ、ウチの部屋がいつか泥棒にでも入られるんじゃないかと思って気が気じゃないんだよ」「えっ、泥棒ですか?」「うん、玄関のカギがもう古くなってガタガタなんだよね。ドアとの隙間からなんか突っ込まれてガチャガチャやられたらすぐに開きそうなんだ」「ああ、それは確かに心配ですね。そういう時は修理というよりも、鍵のシリンダーを交換しなきゃいけないんですよ」と、ここでウチの事務員が、「鍵交換は承っていますが、入居者さんに実費で負担してもらうようになっちゃいますよ」と事務的な決まり文句を言います。「え~、いくらぐらいなの?」と天野さん。事務員は鍵交換の案内パンフレットを出してきて、標準タイプの鍵が○○円、ディンプルキーがちょっと高い○○円、その中間のお得なタイプの鍵が○○円といつもの説明を始めます。私はそこで、「天野さん、長く住んでくれてるというのもありますし、更新にも来てくれたので、今回は私の方で新しいのに交換してあげますよ」と言い、結局サービスしてあげることにしました。天野さんが喜んでくれたのは言うまでもありません。前と同じ80,000円の契約書にサインをし、更新事務手数料と火災保険料を気前よく支払い、ニコニコと帰っていきました。こうして私は、つまらないサービスを大袈裟な顔してやってあげて、身に余る感謝を受けてしまいました。むしろ、高い家賃を毎月払っていただいて、感謝しなきゃいけないのは私の方なのですが・・・。つくづく不動産屋というのは、恩着せがましい商売だと思います。ww余談ですが、不動産屋というと、よく「悪徳」という枕詞がつきます。これは、バブル時代以前のイメージというものが大きく、今の時代にはもはや当てはまらないといっても過言ではありません。いまどき、いかにも悪徳不動産屋然とした人なんか、そうそういるものじゃありません。 しかし、皆さん注意して下さい。目に見えるような巨悪は姿を消しましたが、小ズルい悪徳というのは、どんな不動産屋もその遺伝子の中に持っていると思います。仲介業というのは、結局、本質的に価値のあるものを売っている訳ではなく、情報を右から左に動かしているだけです。大したことをやっている訳ではないのですが、大したことに見せかけています。その見せ方を上手くするために、どうしても小ズルく立ち回ることが必要になるのです。 むしろ、人が良かったり、正直だったりすると、不動産屋としてものになりません。私の営業マン時代の上司であり、師匠だった人なんて、外面が良いのに腹黒く、常日頃から「立ち回りが上手いやつが勝つ」と自ら公言していました。まあ、その立ち回りのうまさというのが一つのアートだったので、とても尊敬していましたが・・・。まあ、その辺の話をぶっちゃけ出すとキリがありませんので、この話はここまでに。。。w さて、最後にまとめますと、本日私が入居者さんにしてあげたようなことは、(してあげただなんて図々しい限りですが)、賃貸管理の世界で今流行りの言葉で、「テナントリテンション」というものにあたります。「テナント」とは入居者の意、「リテンション」は保持の意だそうです。大家さんも管理会社も、空室をいかにして埋めるかということに意識が向きがちですが、じつはもっと大切なのは、“空室を出さない”ことだといいます。もっと簡単に言うと、高入居率維持の秘訣は今いる入居者を“退去させない”ことです。 といっても、もちろん無理やり退去させない訳にはいかないので、今住んでもらっている部屋に価値を感じてもらって、よそに行くよりも、今のところにずっと住み続けたいと思ってもらえるようにしようという訳です。私の例はケチくさい鍵交換だけの話ですが、(しかも自発的なものではなく、間に合わせにすぎませんでしたが)、徹底的にやる場合など全戸に希望設備(ウォシュレット、空気清浄機、etc.)を設置するだとか、もっと気の利いた大家さんは花を贈るとかしています。特に2~3年に一回の更新時などは、今まで長く住んでいただいたことと、今後も住み続けてくれることへの感謝の意も込めて、何かプレゼントしてあげるのが良いのではないでしょうか。まあ、何に居心地の良さを感じるかは人それぞれなので、皆さん、自分なりの「退去させない方法」を考えてみて下さい。なお、決して善意の押し売りではなく、良かったと思ってもらえる方法を考えましょう。それが見せかけでも良いと思います(←←この辺の発想が不動産屋の特徴です。笑)Mr.X追伸:余談ですが、テナントとは入居者(借主)の意です。世間では意外と間違って使われているのですが、これを店舗・事務所の意味に取っている人が多いみたいです。アパート・マンションには「入居者募集」という看板がかかっていて、店舗・事務所には「テナント募集」という貼紙が貼られていることが多いから、こういう誤用が広まってしまったのかもしれません。本来はどちらも「借主募集」には違いない訳ですが、事務所の場合には住まないので、“入居者”というのがしっくり来ず、わざわざ“テナント”と表示するのだと思います。私にこれを気付かせてくれたのは、大手ハウスメーカーの大○建託です。ケンタク社員の名刺に、“テナント営業課 鈴木○太郎”とか書いてあるものですから、「店舗専門ですか?」と聞いて、「いや、違います。居住用も事業用も両方やってます」と言われたことがありました。 そこの会社では、賃貸営業マンはみんな“テナント営業”だそうです。だから、店舗を持っている大家さん、注意して下さい。×「ウチのテナントが一年も空いてるんだよ」○「ウチのテナントの美容室が家賃を一年も払わないんだよ」同じぼやきでも、言葉の意味を間違えては恥ずかしい思いをします。