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普通の速さで歌うように♪

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2007.04.20
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若妻がお産をしたのは四月最後の日だった。

午後四時ごろマダム・フォーコニエのところで
ひと組のカーテンにアイロンをかけていると、陣痛に襲われた。
すぐ帰ろうとは思わなかった。椅子の上で苦痛に身をよじりながらもそこに踏みとどまり、
少し楽になるとまたアイロンをかけた。カーテンは急ぎのものだったので仕上げてしまおうと
がんばった。それにたぶんただの腹痛よ。おなかが痛いからといってわがままは言わないわ。
しかし、男物のシャツにかかろうかと話していると、さっと血の気がひいた。

しかたなく彼女は仕事場を離れ、体を二つに折り、壁に寄りかかって街路を横切った。
仲間の洗濯婦がひとりついていってやると言ってくれた。彼女はそれを断り、そのかわり
近くのラ。シャルポニエール街の産婆の家へ行ってくれと頼んだ。むろん家に火はない。
たぶんひと晩じゅう、そのご厄介になるのに。だけど帰ってからクーポーの夕飯の仕度ぐらい
なんとかしよう。それがすんだら、服のままでちょっと寝床に横になればいい。

しかし、階段まで来るとひどい痛みが起こって、そのために階段の中途でしかたなく腰をおろした。
彼女は両拳を口にあてがって声をたてまいとした。もしだれかが上がってきたら、こんなところで
見世物になるのが恥かしかったからである。苦痛が去った。
彼女はほっとして、きっと思い違いだったのだと考えながらドアをあけることができた。
夕食には羊の脇肉の上部を使って煮込みをこしらえるつもりだった。
じゃがいもの皮をむいてるあいだは、なにもかもまだうまく運んだ。

脇肉が小鍋のなかで狐色に焦げてきたとき、またもや汗が吹きだし、陣痛がさしこんできた。
彼女は大粒の涙で目が見えなくなっても、
かまどの前で足踏みしながらブラウン・ソースをかきまわした。

子供が生まれかけたからってクーポーに食べさせないでおくことができるかしら?
やっと煮込みが、灰をかぶせたとろ火の上でぐつぐつ煮えた。彼女は居間に帰った。
食卓の端に一人分くらいの食器を並べるくらいの時間はあると思った。
しかしぶどう酒の瓶を大急ぎで下に置かなければならなかった。
するともう寝床まで行く力がなくなり、倒れて、床のマットの上で生みおとした。
十五分して産婆がきたとき後産のかたをつけたのもやはりその場所であった。


ブリキ屋はあいかわらず病院で働いていた。
ジェルヴェーズは夫の仕事を邪魔してやらないでくれと言った。
七時に彼が帰宅すると、妻はすっぽり布団にくるまり枕に真っ青な顔をあてがって寝ていた。

「そうだったのか!つらかったろう!」そう言ってクーポーはジェルヴェーズを抱きしめた。

「一時間たらず前、おまえが陣痛で苦しんでいたころ、おれはふざけてたんだ!
 ・・・だが軽かったな。くしゃんとやる間に生んだじゃないか」

彼女は力なく笑いを浮かべ、それから小声で、

「女の子よ」

「待ってましたあ!」とブリキ屋は妻を安心させようと冗談口をたたいた。

「おれは女の子を注文しといたからなあ!注文どおりさ!

 おまえはおれの好きなものならなんでも作ってくれるってわけだな?」

子供を抱きあげて、さらに続けた。

「汚いお嬢ちゃん。ちょっと見せておくれよ・・・。
 あんたのちっちゃなお顔はずいぶん黒いんだねえ。
 でもいまに白くなるさ。心配しなくてもいいよ。お利口さんにならなきゃねえ。
 変なおねえちゃんになっちゃだめだよ。(高級娼婦になるんぢゃねぇか?)
 パパやママみたいな真面目な人になるんだよ(なんなぃんぢゃねぇか?)


ジェルヴェーズは真剣そのものの顔つきで娘を見つめていたが、
その大きく見開いた目は次第に悲しみに曇ってきた。彼女は首を振った。
たぶん彼女は男の子が欲しかったのだ。
このパリでは男の子ならいつでも急場を切り抜けられるし、
それほど危ない目を見なくてもいいからだ。


産婆はクーポーの手から赤ん坊を取り上げなければならなかった。ジェルヴェーズにも話を禁じた。
産婦のまわりでこんなに騒ぐことがもう体に悪いのだ。
ブリキ屋はクーポーばあさんとロリユ夫婦に知らせる必要があると言った。
だが、腹ペこなので、さきに夕飯をすませたい。
彼が自分で支度をし、台所へ煮込みを取りにゆき、皿で食べ、
パンが見つからないでいるのを見ると、産婦はひどくじれったがった。

産婆がいくらとめても、彼女は泣き声になり、蒲団の中で身もだえした。
ご飯の用意ができなかったとは、なんと情けないことでしょう。
棒で一撃くらったみたいに彼女は陣痛で床へへたばり込んでしまっていたのだった。
かわいそうに夫がまずいご飯を食べているのに、あたしはのうのうと寝ころんでいる。
きっとひどいやつだと恨んでいるでしょうねえ。
でもじゃがいもだけはちゃんと煮えているんじゃない?
塩加減をしたかどか、そこまでは覚えてないんだけど。

「しゃべるのやめなさいよ!」産婆が大声で言った。

「いくらあんたでも家内のやつが気を揉むのをやめさせるってわけにゃゆきませんぜ?
 まったくね!」とクーポーは口いっぱいに頬ばったまま言った。

「あんたが居合わせなきゃあ、あいつはきっと起きだしておれにパンを切ってくれるんだから・・・
 じっと寝てるんだ、馬鹿だなあ!体を壊しちゃだめだぜ。そんなことしてると起きられるまで
 に二週間もかかっちまうぞ・・・。お前の煮込みはすごくうまいね。マダム、一緒にあがりません
 か。どうです、マダム?』


産婆を断った。でも、ぶどう酒、一杯いただきたいわ。
かわいそうに奥さんが赤ちゃんといっしょにマットの上で寝てるんで、とても吃驚したもんだから、
といった。やがてクーポーは身内のものに知らせに出かけた。

半時間もするとみんなを連れて帰ってきた。
クーポーばあさん、ロリユ夫婦、それからロリユの家へちょうど来あわせたマダム・ルラである。
ロリユ夫婦はクーポーたちが羽振りがいいのを見てひじょうに親切になり、
ジェルヴェーズを褒めちぎった。だがほんとうの判断はいまは言えないという仕草で首を振ったり、
瞼をしばたたいたりして、判断保留の態度をこっそり見せた。自分たちは自分たちで知っていることがあるのさ。でも、しいてご近所界隈のご意見には逆らいたくはにというまでよ。

「ご連中をつれてきたよ!」とクーポーは叫んだ。

「まずいんだ!みんながみんな、お前に会いたがってねえ・・・。
 しゃべっちゃいかんよ。止められているんだから。
 みんなはただおとなしくおまえを見るだけにしてくれる。気を悪くしたりしないさ。
 いいね?・・・おれはコーヒーを作ってくる、すばらしいやつをな!」

彼は台所に姿を消した。
クーポーばあさんはジェルヴェーズを抱きしめたあとで子供が大きいのに目を丸くした。
ほかのふたりの女もおなじように産婦の頬に大きい接吻を押しつけた。
この三人の女はベッドの前に立って感心したように大声で、今度のお産をことこまかに論じた。

へんてこなお産だこと、まるで歯でも一本抜くいたいじゃない?
マダム・ルラは赤ちゃんの体をあちこちしらべ、なかなか格好がいいわねと言ったが、
さらに意味ありげに、これはいまにたいした女になるよとつけたした。(高級娼婦になるのだ)


そして子供の頭が尖っているように思えたので、
泣くのもかまわず丸めてやろうと軽くこねまわした。

それを見てロリユの女房は、怒って赤ん坊をとりあげた。
頭はまだほんとに柔らかいんだから、そんなにいじりまわしちゃあ、
もうすっかり悪い癖この子につけてしまうじゃないの。

ロリユの女房は赤ん坊がだれに似ているかを詮索した。
それがもとで、もうすこしで喧嘩になりかけた。
女連中のうしろから首をつきだしていたロリユは幾度も繰り返して言った。
この子ったら、クーポーにちっとも似てないぜ。鼻がかろうじて似てるくらいだね。
こりゃあ、そっくり母親似だ。特に目がそうだ。たしかにこの目は父親の血筋にはないなあ。



一方クーポーはいっこうに現れなかった。
彼が台所でかまどやコーヒー沸かしと格闘してる音は聞こえていた。
ジェルヴェーズはいらだってかっとしてきた。コーヒーをいれるなんて男のやることじゃないのに。
そこで、彼女はコーヒーのいれ方を大声でどなった。
産婆が激しく「しっ!」と止めるのも聞かなかった。

「その赤ん坊をどけてくれ!」クーポーがそう言ってはいってきた。

「どうも、あいつはだいぶうんざりしているらしいな!きっといらいらしてるんだ・・・。
 これはコップで飲みましょうや。コーヒー茶碗は茶碗屋へ置いたまんまなんでね。」

一同は食卓の周りへ座った。ブリキ屋は自分でコーヒーを給仕したがった。とても強い香りがした。
椋鳥の鼻水ではなかった。産婆はコップをちびちびあけてしまうと帰りかけた。

万事は順調です。もうあたしがいる必要はありません。
夜になって、もし具合が悪くなれば明日呼びにきてくださりゃいいんです。
彼女がまだ階段を降りきっていないうちから、ロリユの女房は
産婆が酒食らいでなんの役にもたたぬ女だとこきおろした。
コーヒーには砂糖を四つもいれるし、産婦にひとりでお産をさしときながら十五フランせびったじゃないか。

しかしクーポーが産婆を弁護した。おれは十五フラン、喜んで払うよ。
つまりだ、あの人たちは若いあいだ勉強に打ち込んできたんだから高くとるのも当然なんだよ。

つづいてロリユとマダム・ルラの口論がはじまった。
ロリユの説では、男の子がほしかったら寝台の頭部を北向きにしなくちゃいかんという。
マダム・ルラはそんなことは子供だましよと肩をすくめほかのやり口を教えた。
つまり、日向で摘んだ新鮮ないら草をひと握り、女房には内緒で蒲団の下へ隠しておけばよい。


食卓はベッドの脇へくっつけてあった。
ジェルヴェーズはしだいに大きな疲労にのみこまれてゆきながら、
枕の上で顔をみんなのほうにむけ、十時まで、気抜けしたような微笑を浮かべていた。
目は見え、耳は聞こえたが、体ひとつ動かし言葉ひとつしゃべろうにも、もうその力がなかった。
ひどくなごやかな死を死んだような気持ちだった。
そういう死の町から、人々が生きているのを眺めるのは楽しかった。
ときどき、赤ん坊の泣き声が、大人たちのどら声の合間に聞こえてくる。
みんなはラ・シャペル大通りの先にあるボン・ピュイ街で前の日に起こった殺人事件を話題にして
果てしない議論を続けた。


やがて一同は帰りかけたが、そのときになって洗礼の話が出た。
ロリユ夫婦は名付け親になるのを承諾した。だが、かげでは渋い顔をした。
けれども、もし若夫婦が、彼らに頼まなかったら、それこそおかしな顔をしたことだろう。

クーポーは娘に洗礼させる必要などほとんど認めなかった。
そんなことをしても、むろん、一万フランの年金がこの子にもらえるわけじゃないしね。
おまけに風邪をひかす心配がある。司祭さんのお相手なんて、やればやるほど損するものさ。
クーポーばあさんが彼を不信心者ときめつけた。
ロリユ夫婦は教会へ聖餐にゆくほど信心ぶかくはないが、信仰心はあるんだと威張った。

「よかったら日曜日にしよう」と鎖職人が言った。

するとジェルヴェーズがこっくり頷いて承知したので、
みんなはくれぐれも体を大事にねと言いながら彼女を抱擁した。
赤ちゃんにもさよならを言った。
めいめいが近寄って、身ぶるいしているこの哀れな小さい肉体をのぞきこみ、
まるで赤ん坊が理解できでもするみたいに、笑いかけたり甘ったれた言葉をしゃべりかけたりした。

名づけ母の名前であるアンナの愛称で、みんなはその子をナナと呼んだ。

「おやすみ、ナナちゃん・・・。じゃあナナちゃんいい子になるんだよ・・・」







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Last updated  2007.04.21 04:06:29
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乗らない騎手@ ちょっとは木馬隠せw あのー、三 角 木 馬が家にあるってどん…
らめ仙人@ 初セッ○ス大成功!! 例のミドリさん、初めて会ったのに、僕の…
開放感@ 最近の大学生は凄いんですね。。 竿も玉もア○ルも全部隅々まで見られてガ…
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