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August 27, 2023
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「どうしてこんなことになったんだ。キャシー…。」

 ベッドに寝かせておくように言いつけて、教諭が薬を取りに行った隙に、ジェフはたまらずにキャシーを抱き締めた。本当に、どうして自分がこんなことをしているのか分からないが、キャシーを失う事だけは避けたいと心が叫んでいる。

連絡を受けたメグとソフィアが急いでやって来ると、ジェフは慌てて体を離した。

「それで、その不審者はどうなったんですの?」

 当たり前の質問に、ジェフはハッとした。すでにシャーロットの姿が見えなくなっていたのだ。事情を聞いたソフィアは、すぐに学校側に連絡をいれ、シャーロットの行方を追ってもらうことになった。

 しばらくすると、キャシーが意識を取り戻した。ジェフを見るなりしがみついて叫ぶ。

「大変なの!ポルパノフって人が占いの館で獣人の血を持つ若者を集めて、軍隊を作ろうとしているらしいの。」
「どういうことだ?」
「私、治癒魔法についての話があるって、呼び出されたんだけど、会議室に行くと、すぐに変な薬をかがされて…。気が付いたら例の館で、なんだか暗示をかけるような変な映像と音楽が流れていて、気持ち悪くてとっさに飛び出したんだ。そうしたら、ナイフを持った男に捕まって、館のオーナーだって人のところに引っ張って行かれたの。それで、どういうつもりなのって、問いただしたら、冥土の土産に教えてやろうって。獣人の血を持つ者は自分の奴隷にするんだとか言い出して…。」
「あ~、もう。それ、殺されるやつじゃない。」

 メグが冷静な顔で言う。そばでソフィアもジェフも頷いていた。

「だけど…。どうせなら、あいつらの悪だくみを聞きだしてやろうと思ったんだもん。」
「お馬鹿ですわねぇ。そのせいでこんなにひどいことになったのでしょう?あなた、自分の顔がどうなっているか、ご存知ですの?まったく、女の子だというのに!」
「うわっ、何、この顔!」

 窓ガラスに映った自分の顔を見て、今更驚くキャシーだった。

「もう、キャシーのバカ!あなたに何かあったら、私たち、どうしたらいいのよ!今回はジェフリーさんが助けてくれたから良かったけど、次はないからね!!」

 普段落ち着いているメグが、声を荒げてキャシーの腕にしがみつく。さすがのキャシーも、危険な行為だったと反省するのだった。

 キャシーの話す内容は、パットから聞いていた物と同じだった。そうか、やはりその男が黒幕だったのか。ジェフがそんなことを考えていると、警報が鳴り響いた。

「また魔獣の侵入か!? キャシーを頼む!」

 そう言い放って、ジェフは医務室を飛び出して行った。医務室の教諭が戻ってくると、ソフィアやメグもジェフを追った。

「みんな、気を付けて!」
「こら、まだ体を起こしてはダメよ。しっかり休みなさい。」

 教諭はキャシーの傷の手当てをすると、治癒魔法で痛みを和らげてくれた。

「今度の魔獣侵入は相当ひどいみたいなの。今日、明日はここでしっかり体を休めて、その後は、治癒魔法の鍛錬をしていきましょう。そうしているうちに顔の腫れも引くでしょう。」
「分かりました。」

 すでに幾人かの魔術師が、結界の補修に入っているという、しかし、どっと入ってきた魔獣は討伐しなければならない。腕に覚えのある人々が懸命に対応しているという。打ち身の痛みは残っているものの、2日目には体を起こして、念を集中させる訓練が始まった。
 周りから、もっと本気で頑張れと言われ続けていたキャシーは、今になってみるみるうちに腕をあげていった。

「キャサリン・クラークさん、あなたは本当に腕のいい治癒魔術師になるわ。」

 微笑んでそう語る教諭の目の下には、うっすらとクマが見て取れた。

「先生、もう、身体も随分楽になったし、私もけが人の対応をします!」

 キャシーには分かっていたのだ。この戦いで怪我をしている者がとても多いことを。治癒魔法は大変貴重で、こういう時にはどうしても負担がかかってしまう。それでも教諭はなんでもないふりをして、粘り強くキャシーの鍛錬に付き合ってくれていたのだ。

 キャシーが活動を始める頃には、けが人がどんどん増えていた。州内の結界魔術師が懸命に修復を試みているところに魔獣が襲い掛かる事件も起こり、その修復は一層遅くなっていた。

 魔術学校は、そのまま今回の魔獣乱入事件の専門病院と化していた。何日にも及ぶ戦いは、人の心を蝕んでいく。疲れを感じて、ふっと椅子に腰かけるキャシーの腕をひっぱり、さっさと治癒魔法をかけろと高圧的に命令する輩まで出てきた。

 どんなに治癒魔法を施しても、次々とけが人は運び込まれてくる。ふらふらになったキャシーを、医務室にいた教諭が労った。

「クラークさん、少し休んだ方がいいわ。今日はもう自宅に帰りなさい。ゆっくり休んでまた助けにきてね。」
「先生…。分かりました。」


 廊下を歩いていると、重症患者を集めた教室の前に名簿が貼られていた。何人かの名前には、赤い二重線が引かれ、亡くなってしまったことが分かる。その重傷者の中に、ジェフの名前を見つけたキャシーは、慌ててジェフのベッドを探した。

「ジェフ? どこ?」

 教室の奥へと進んでいくと、一番奥に、酸素マスクをつけたジェフが横たわっているのが見えた。

「うそっ…。」

 気が付くと、ジェフの傍に駆け寄って、治癒魔法を施していた。

「ジェフ!ジェフ! 目を開けて!」

 懸命に魔法をかけるキャシーの後ろから、他の生徒が声を掛けた。

「僕もさっき頑張ったけど、彼はもうだめかもしれないね。足とお腹に大きなひっかき傷がある。出血もひどかったんだ。やっと止血できたけど、僕も目の前がチカチカするから、今日は休ませてもらうよ。君も気を付けた方がいいよ。魔力って、すべて使い果たすと、命を落とすって言うからね。」
「そこまで、そこまで頑張ってくれて、ありがとう。私もできる限りの事はしたいの。」

 無理はするなよと言って、生徒は帰っていった。ただでさえ数の少ない治癒魔法の使い手だ。途中で帰る者を悪く言う人はいない。

「だけど、助けたい!ジェフだけは、失いたくないの!」

 もう、だれも失いたくない。キャシーの中でウィルとの辛い別れが蘇る。しかし、もう以前の自分ではない。訓練を受けて、少しは治癒の力も強くなったと言われている。ましてや、ジェフは、今やこの州の魔獣対策の重要人物だ。失うわけにはいかないのだ。
 気を失いそうになって、ふうっと息継ぎをする。まだ駄目だ。もっとがんばらないと。自分はポルパノフの魔の手から救い出してもらったお礼も言ってない。再び意識を集中させて、立ち向かう。目の前がチカチカしてきた。周りの音が遠くなって、耳鳴りが外の世界を遮断する。それでもキャシーは必死でジェフに治癒魔法が掛け続けた。そして、そのままベッドに突っ伏して気を失ってしまった。

つづく





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最終更新日  August 27, 2023 08:15:48 AM
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