護国寺にはまだビストロがある
今年になってぼくにはビストロの波が打ち寄せています。高級な本格フレンチのお店もいいけれど、そんなとこにはめったに行けるものじゃありません。フランス本国で言うところのビストロは、日本のフランス料理店だとそこそこのレベルのお店に当たるのかもしれず、日本でビストロ、それもプレフィックスのシステムのお店はフランスで言うところのブラッスリーというのが近いのかもしれません。一度切りのフランスへの旅の際に、深夜にドゴール空港に到着し、メトロでカルチェラタンに向かい、ホテルにチェックインする前にパリスコーブというタウン誌を買い込んで、旅装を解きつつ眺めていると近所の映画館で日本ではなかなかお目に掛かれぬブニュエルの『小間使の日記』を見てから、そのそばの深夜営業のブラッスリーで巨大なジョッキに注がれたギネスとたっぷりのポテトが添えられたステーキを食べたことが今でも甘美な記憶として深く心に刻みこまれています。あんなざっくばらんとしたフランス式大衆食堂に憧れつつ、そのイメージに極めて近いのが護国寺の何度か報告するお店になります。だったら大人しくいつもの店に行けばいいのだけれど、たまたま突如として鴨のコンフィを食べたくなって、当日になって予約の電話をしたところ、二度ほど連続して満席を理由に断られてしまいました。だからいざという時のための押さえの店が欲しかったのです。以前も高田馬場の有名ビストロの姉妹店だったいつものお店のお隣にいつの間にか新しいお店が出来ていて、気にはなっていたので手頃なランチでもと電話番号を調べるためにHPを見てみると、何とびっくり、10月15日に閉店しまうとのこと。ならば未練を残さぬよう敢えて行かぬのが吉かと、迷ったけれどやはり行っておくことにしました。 お隣りは日曜日だったので休みと思ってみたけれども、仕込みのためか店には明かりが付いていました。何が悪いという事もありませんが、やはりスルーしてるのを見咎められるとちょっとばかり決まりの悪い気持ちにもなろうというものです。幸いにも奥の厨房におられるようです。さて、雨の中、「ビストロ ヴァンス06140」に到着。ビストロで呑む時は何故か大抵雨降りの日です。先客はカップル一組だけ。さて、どうしようかとメニューを見ると選択肢が極めて限定されるのは、仕方無しとします。あと不思議なのが前菜とメイン一品が1,350円なのに二品になると2,200円なのです。これなら事によってはメイン一品のコースを二回注文するのが正解なんじゃないかと思えてきます。まあそんな無法は働きはせぬけれど、同じことを考える人は少なからずいるはずです。結局メインで肉料理のみ、津軽鶏のコンフィをお願いすることにし、前菜は肉のパテにします。折角ですからスープ ド ポワッソン―魚介のスープ―も追加します。南仏風に仕上げているようでオリーブオイルの比較的さっぱりした仕上げとなっています。昼からボトルでワインを頼んでしまったので、軽めの食感は歓迎です。でないと夜呑めなくなりますから。こちらのシェフ―というか、お隣と同様に一人ですへてを切り盛りされているようです―は、かつては日仏学園のレストラン―と言っておくけれど、雰囲気はすごいカジュアル―で雇われシェフだったらしいのです。ぼくもまた若い頃は映画を見るために何度となく日初学園の坂を上ったものですが、そのレストランは嫉妬の視線を送るしかなかったのであります。あの頃、そこに通えていたらなあ、なんて思いますが、映画を見ていなかったら今頃はとっくに身体をこわしていたんだろなあ。そう、とある食材を言い当ててシェフ喜んでしまい、お喋りが留まらぬのでした。ぶっきらぼうだけど愉快な人だなあ。こちらももう少しお付き合いしておきたかったなあなんて思いますが、いずれ遠からず再会しそうな予感があります。