Oさんとの最初で最後の対局
Oさんとの唯一の対局は、10年ほど前の新聞棋戦の県大会準決勝だった。Oさんは中年から初老くらいの人で、無口でかなり痩せて色黒で健康的でない印象を受けた。私が見た中ではそれまで上位に来る事もなく、予選を抜けて県大会に進出することもあまりなかったと思う。私の方は、記録を見ると前年までこの大会で3連覇中だった。大過なく打てば勝てるという気持ちで、乱戦にならないよう楽に勝ちたいなどと邪念の塊だった。
対局が始まると、勢いに乗っているはずの相手から気迫のような物を感じないので意外だった。私の方はどうも集中できず、序盤に安易な手を連発してしまった。相手は、力むでもなく緩むでもなく、静かに淡々と打って来た。途中で形勢の悪いのに気づき、いろいろと手を付けるが、全然動じてくれない。全然差が詰まらない、おかしい、こんな強い打ち手ではなかったはず、と思ったがもうどうにもならない、勝負手はことごとくかわされて、ヨセでも追い切れず4.5目負けとなった。この結果に周囲はずいぶん驚いていたが、心構えと内容の差で完敗だったと思う。残念ながらOさんは力を出し尽くしたのか、決勝では負けてしまった。
その後、しばらくしてOさんが亡くなったのを知った。知らなかったのだが、あの対局の時は、すでに末期的な状態だったらしい。それで、一切の邪念のない碁を打てたのだろうか。未だにあの時の対局は忘れられない。ただ、Oさんにとって最後の大会で、悪い碁を打ってしまったことは心残りである。