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碁法の谷の庵にて

 無謀な希望もかない、ちょっと燃え尽き気味な人間のふたまた日記です。
 ブログ主は大学法学部4年のころからこのブログをやってきましたが、大学院を経て現在弁護士となっております。

 旧名「囲碁と法律の雑記帳」ですが、開設500日に題名を変更しております。

 リンクはご自由にどうぞ。

 一般の人たちが細かい法解釈論の勉強をする必要はありません。
 ただ、自分達に納得できない法制度がどうしてあるのか、「どうしても納得できない!」だけではなく、「よーし、納得してやろう」と、自分達の理解力を高めるという方向でも考えて行ってもらいたいと思います。


 記事数が膨大であるため、現在正しくなくなっている記述が放置されている可能性が多々あります。
 その点は注意してお読みください。(ご指摘いただければ訂正を入れます)
2019年04月24日
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テーマ:囲碁全般
カテゴリ:囲碁~碁界一般編
棋士採用の制度については、棋院のホームページにもリンクがある棋士採用規程を参照しました。
 適宜参照願います。


 仲邑菫初段の棋士採用で話題になった英才枠による棋士採用。
 仲邑初段の入段の知らせに伴って初めて聞いたのですが、その時はへーそんな制度できたんだー程度に思っていました。

 私個人としては、プロ試験や院生序列による採用制度は公平性の見地からは極めて優れた制度ですが、将来的に世界で活躍できる棋士を選択するにあたって最良・唯一の手法とは断じられません。
 どの仕組みが良いかは統計を取るなどして検証・模索されるべきですが、標本を多数準備できるとも思われず、結局のところ多様な棋士採用制度の導入と非常に長期間を経ての検証によらざるを得ず、現実的ではありません。
 棋士採用制度の多様化は賛成します。

 その場合に、対局の勝敗以外で参考になるものと言えば棋士等による推薦や審査でしょうが、公平な審査による厳正な判定の仕組みが採られているという条件が踏まえられるのであれば、一応はアリ程度に思っていました。
 




 他方記念対局が多いとは言え仲邑菫初段の負けが込んでいたこと、個人的な感覚として、内容もあまりいいとは感じられないことが気になりました。
 確かに私よりは強そうですが、プロは私より強くても自慢にはなりません。うちの県のトップ10(阿含杯勝利経験者2、出場経験者1含む、私も入れるか微妙)が10人でかかれば2、3取りこぼす、アマチュアタイトルホルダーなら普通に勝ち越してしまうのでは?という感覚です。
 そこで、関連情報を検索し、棋士採用規程がアップされていたことに気づいたので見返してみたのですが…
 私個人は「若年者の保護と言う見地から、これは酷くないか?」という感想を抱き、若年棋士の保護という観点からこの記事を作成いたしました。

 なお、もし私が何らかの日本棋院の中での重要な規約などを見落としているという事であれば、ご教授頂ければそれを踏まえて以下の主張に関しては変更する用意がありますのでバシバシご指摘ください。(ネット棋院の閉鎖でいくつかの資料が消えている)
 なぜ見やすく公開しないのかとは思いますが、そういった規約を幅広く共有することは大切です。




英才特別採用制度の大枠としては、(棋士採用規程5頁、細則5参照)

採用目的:目標達成のために棋戦に参加し、最高レベルの教育・訓練を受けることができる者を選ぶ
採用基準:実績と将来性を評価。年齢は原則小学生。
審査方法:棋士2名以上の推薦を前提に、現役7大タイトル保持者、ナショナルチーム監督とコーチ3分の2の賛成によって審査会及び常務理事会を経て決定。
棋士資格:男子は七段、女子は五段以上になったら正棋士扱い。
棋士責務:マスコミ対応への協力



 前記した通り、「棋士による審査を前提とした英才特別採用制度」そのものは、厳正な選考を前提とする限りにおいて私は否定していません。
 英才特別採用棋士の正棋士扱いが遅いことについては、私としては試用的な棋士採用の方法として一理あると考えます。

 しかし、私が瞬間的にこれはダメだろ!と反応したのが、一般の棋士にない責務として、マスコミ対応への協力が責務というもの。

 本来なら、英才特別採用制度はある種の試用・育成制度として作るべきです。実際、制度上は正棋士ではなく対局料などに区別があるということで「英才特別採用も試用的な制度」として作っていることが窺えます。
 しかし、試用制度なら試用に対しては「辞めた後」のことを最低限想定してあげなければいけません。
 見習いを殊更に外部に大規模に宣伝してしまえば、見習いは例え「自分にはこの業界は向いていなかった」と判断するようになっても辞めにくくなります。
 
そして、英才棋士に対してマスコミ対応への協力を責務とすれば、当然棋士であることが外部に向けてもスティグマとなり、自身が棋士に向かない、これ以上の向上は望めないと諦めた場合においても棋士を辞め、人生をやり直す事が困難になってしまいます。
 私は以前、早期入段は早期に棋士から引退できる可能性ができると言う点で意味があると指摘しましたが、やめにくくさせてしまってはいけません。

 それでいて、規程においても、「マスコミへの対処については、棋院が義務教育や生活への影響、囲碁への研鑽に影響がないよう配慮する責任を負う」と言う棋院側の義務の規定すらなく、小学生であることが想定される英才棋士に一方的に義務を負わせる規定になっています。
 もしかしたら他に何かの規約があってバランスをとっているのかも知れませんが、棋士と棋院の権利義務を示す規約すら棋院のホームページには見つかりません。棋士志望者が知りたいと言ったら知るのは当然の権利でしょうし、ホームページで棋士志願者募集の項目があったりするので広く知られなければいけないはずなのですが、公開しないでどうする気なのでしょうか?
 そもそも、棋士として上を目指してもらうこと、囲碁の普及のために様々な活動をしてもらうことはどの棋士であれ(やり方に個人差はあれど)変わらないはずなのに、何故小学生の英才特別採用棋士という、むしろマスコミから切り離してその心情を守りつつ研鑽に集中してもらうべき棋士にだけマスコミ対応への協力がことさらに責務として設定されているのか。(他の正棋士や特別採用棋士にマスコミ対応への協力などは特に責務として設定されていません)

 一方的に義務を負わせる規定だけど「こちらでしっかりきみを守るのできみも勝手なことはしないでね、でないとこちらもきみを守れないよ」と言う趣旨で実際そう運用されているなら弁護の余地はある(それっぽい指導は私もする)のですが、今回の仲邑初段の例を見る限り、粛々と棋士として採用したら結果的にマスコミに注目され、棋院の頑張り空しく庇いきれなくなった…と言うようには見えません。
 成果を出す前から日本棋院自らバンバン宣伝しています。
 
 そこを併せて考えると、この規定は英才枠棋士を客寄せパンダ扱いすることを自白しているも同然の規定であると思います
 仲邑初段がこれから大成して勝ちまくることで将棋の羽生善治や韓国の李昌鎬のようないい意味での客寄せパンダの役割もできるならそれもいいですが、入段早々から勝ちまくった上でもないのに客寄せパンダ前提に棋士にすることに、私は正当性を全く感じることができません。
 将棋の藤井聡太フィーバーもそう感じましたが、藤井七段はプロ入り早々トップ棋士と互角以上に強いという囲碁界では想定しがたいような存在であったため、現段階では結果オーライになっているに過ぎないと考えます。
 今の日本囲碁界に、入段早々柯潔や朴ジョンファンと互先で10局打って3局以上勝てる棋士などいるとは思えません。
 
 そして、こうも客寄せパンダ扱いで採用するようにしか読めない規定を堂々と公開しているのでは、例え入段審査がどれだけ厳正に行われたものであったとしても(その審査の中身にも既に疑義が出ていることは知っていますが、今回は一先ず脇に置きます)、そこに信用を置くことはできなくなります。
 英才特別採用制度は公平性の点に問題がある分、審査担当棋士・棋院への信頼なくして成り立たない制度であり、制度そのものの趣旨目的や審査機構が信頼を失えばその棋士には好意的とは言えない視線が向けられてしまうでしょう。
 それも、英才特別採用制度の場合小学生に、です。

 



 とまあこんな風に、英才特別採用の規定には、合格者である若年棋士の保護と言う視点から極めて大きな問題を感じています。
 仲邑初段はじめ現にこの制度でプロになった方は応援しますが、制度としての良しあしは別論です。

 平成31年度の新入段者は11人で、このうち20歳以上は僅かに1名、18歳以上でも3名のみ。
 新入段棋士の大半は、まだまだ契約にあたって保護が必要な子どもなのに、個人事業主として契約し、対局に臨む。
 本来これはいびつ・危険なこと
です。
  
 若年棋士の保護をきちんとしないことは、人材の損失と言う問題だけでは済まされません。
 法律の理屈では棋士は個人事業主でも、一般の人は棋士は日本棋院の従業員のようなものとして密接に関連しているものと評価します。
 そこで若年棋士を採用しながらきちんと守っていないと言う評価は、ブラック企業に対して厳しい非難が向けられるご時世において、日本棋院・日本囲碁界の評価を暴落させられます
 若年者ならではの必要なケアを十分にせず、当人や親に投げてしまうならば、それは囲碁界全体の品位を落とすことになるでしょう。
 アイドルが自殺し、事務所との間の訴訟が大きな話題になり、事務所に批判の声が高まっていますが、若手棋士が何かやらかしたり伸び悩んだりして精神的に追い詰められ、棋院にも家族にも相談できず自殺でもしたら、その芸能事務所の二の舞です。
 
 
 また、社会的に無知な若者に対しては、暴力団のような反社会的な勢力が関与して来ることも考えられます。残念ながら、若者の思慮無分別に乗じてぼろ儲けし、最後にはその若者をぼろ雑巾のように捨てていくクズは、いろいろな業界を狙っています。
 野球賭博の件では野球選手が道を踏み外しました。
 弁護士も、そういう反社会的勢力の甘い誘惑の声にそれと気づかず引っ掛かり、気が付いた時には金も資格も失った例だってあるのです。

 若年棋士たちは彼らが反社会勢力であることも気づかずに自分のことを応援してくれる人だと思って舞い上がり、気が付けば詐欺行為の片棒を担がされていたり、碁が不調になり心が弱っているところを狙われて薬漬けにされたり…というような事態だって考えられます。(棋士ではありませんが、仕事や生活がうまくいかず心が弱り、ふらふらと薬物に手を出す人の弁護は何人も経験しています)
 棋士になろうとするとそれなりに裕福な家庭の子が多いようで、その点でも狙いやすい面もあるでしょう。狙うは若年棋士自身よりも若年棋士の親の金、というわけです。
 誰もが持つ心の弱さや無知につけ込んでくる彼らを甘く見てはいけません。「心を強く持つ」と言うお題目は、何の役にも立たないのです。
 彼らに狙われた場合、世界でも戦える逸材棋士や一線こそ退いていてもレジェンド級の名棋士でも除名処分せざるを得ないどころか、日本棋院への信頼だって地に落ち、大口スポンサーが撤退したり公益財団法人の立場すら怪しいという事にもなるでしょう。

 更には、日本棋院がめちゃくちゃオブラートに包んだ表現をしても「決して盤石な存在ではない」ことは、真面目に囲碁界の情報を追っている大人なら多くの方が分かっているはずです。真面目に追ってない私だって分かりますからね。
 であれば、棋院の外でもしっかり暮らせるようにする。これも不可欠なことです。


 日本棋院は若年棋士を選手としてただ発見して強くするだけが大切なのではなく、盤外では棋院全体でしっかり守らなければならない存在であることをきちんと認識すべきです。
 ほめる・応援する・宣伝する・育成すると言うような形での応援だけではなく、その生活や安心・環境をきっちり守る。
 そのためには棋士としての責務をある程度後退させることもやむを得ない、そこは余るほどいる年長棋士でカバーすると割り切る姿勢をもつ。
 無知や思慮浅薄に基づく思考や行動を当人の意思の尊重と称して放任しない。
 日本棋院が面倒を見られなくなる事態が生じてしまったとしても、一人で生きていく力をつけさせていく、少なくともそれを邪魔しない。



 棋院に限らず、芸能でもスポーツでも、その意識が十分持てない業界が、専門家として未成年者を採用する資格はないと考えます。






最終更新日  2019年04月24日 01時39分31秒
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