|
カテゴリ:私の心の故郷・神戸
宮部みゆき先生のミステリー小説に「火車」があります。「クレジットカードや消費者金融で破産した女性」と「主人公の遠戚の男性の婚約者」の人物入れ替わりが要点となる作品です。主人公である刑事(ケガで休職中)が、その婚約者の女性の行方を探り、そして彼女の正体を暴くための過程(フラグ回収)が醍醐味です。
さて、第13章まで読み進めると「故郷とは何か?」「東京とは何か?」考えさせる文章が出てきます。人口1400万人の首都・東京。それにあこがれて、夢をかなえるために、職を探すために、あるいは人生逆転を狙って・・・。様々な理由・事情で田舎から上京してきた人は数知れず。「火車」の主人公の出自をたどってみます。 主人公・本間俊介・・・東京生まれの東京育ちだが、両親は東北の片田舎出身(同郷)。父は20歳のときに東北から上京した。 千鶴子・・・主人公の妻で故人。物語の3年前に交通事故で他界。新潟県出身。 主人公の父親、母親、妻の3人は全員、北の人間でした。 以下、第13章の本文の一部を引用。 なんでも吞み込み、たちまち同化させてしまう東京という街のなかに入っても、不思議と関西人だけは、持ち前の色合いを失わないものだ。関西弁も強靭な生命力を持っている。言葉尻はいわゆる「標準語」になっても、イントネーションだけはけっして消えないから、すぐに関西出身だとわかる。また、それに一抹の憧憬を感じることが、本間にはあった。自分が、東京で生まれてはいるが東京人ではなく、さりとて出自の拠り所とできるほど強い「故郷」の呼ぶ声を聞いたことがないからだろう。 千鶴子は「あなたは東京っ子じゃないの」と言っていたが、本間は今だかつて一度も、自分を東京の人間だと認識したことがない。自分が家を構えている地理上の東京と、「東京人」「東京っ子」という言葉についてくる「東京」とのあいだには、あまりに明白で定義する必要もない違いがあると思っていた。その差異は、たとえば「三代続けて住みついてなくちゃ、江戸っ子とは言えない」などという、浅薄な分け方から生まれるものでもないはずだ。 その人間が、「東京と血が繋がっている」と感じることができるかどうか---ひとえに、その一点にかかっているものだと思う。そして、そのときの「東京」は、「故郷としての東京」「人間を生み育てることのできた東京」だ。 だが現在の東京は、人間が根をおろして生きることのできる土地ではなくなってしまっている。地味も消え、雨も降らず、耕す鍬もない荒れた畑だ。 ここにあるのは、大都会としての機能ばかりである。 (中略) 買い替えのきくものに、人は根をおろさない。買い替えのきくものを、故郷とは呼ばない。 (引用終わり) 昭和62年生まれの私は、平成の30年間ずっと東京で暮らしてきました。コロナ前の私にとっては、「故郷=東京」でした。両親の下では東京弁で育てられ、東京のテレビ文化に染まり、そして毎年の正月には東京風の雑煮(角餅、鶏肉、小松菜、しょう油だし)を食べました。 ですが私は同時に、母から「神戸に縁のある者」として、父から「ベルギー(オランダ語圏)に縁のある者」としてのアイデンティティを引き継いだ人間です。神戸人としての文化を色濃く引き継ぎ、アントワープ人としての文化も少しばかり引き継ぎました。 (神戸) ・「モロゾフ」「ケーニヒスクローネ」という神戸発祥の洋菓子店の話。 ・路面電車があった時代の神戸の話。 ・1960年代の須磨海岸での母の思い出話。 ・「西区=未開の地」という昔のイメージ。 (ベルギー) ・時には「言語戦争」(オランダ語 VS フランス語)とも呼ばれる、ベルギーの複雑な言語事情。でもそれが相まって、ベルギーでは独特の文化、地方自治、教育制度が形成されてきました。 ・アフリカやアラブからの移民が多いがゆえに、ベルギー国内では(日本以上に濃密な)多様性があります。 ・隣国(オランダ、フランス、ドイツ)と陸続きでつながっているため、鉄道、道路は他国の車両が乗り入れてくるのが当たり前。 思えば私は小学校時代から「神戸愛」が強すぎたと思います。もう「神戸愛のたたき売り」と言っていいでしょう。北九州市に移住した今でも、本籍地は神戸市にあります。 一方で、父の地元・ベルギーへの愛着が湧いたのは、つい数年前のことです。 「きんいろモザイク」を筆頭に、ヨーロッパを舞台にした(テーマにした)日本製アニメは多数あります。そんなアニメに多数触れ合っているうちに、様々なキャラクターに出会い、EUの中心国・ベルギーにも縁のある人間としての自覚を取り戻すことができました。 もし東京に残っていたら、あらゆる人間・モノが同質な環境に納得できずにいたでしょう。15両編成の電車が満員になるほど人が溢れ、23区内はどこも大混雑。今より、もっと「精神的に参ってきた」「飽きてきた」と感じてきたでしょう。親や弟夫婦にも(今以上に)心配をかけていたに違いありません。 東京を離れ、800km以上離れた九州で暮らして、少しだけのんびりできています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jul 18, 2022 10:48:50 PM
コメント(0) | コメントを書く
[私の心の故郷・神戸] カテゴリの最新記事
|