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西国三十三所霊場

2019年09月30日
XML
カテゴリ:西国三十三所霊場
​​​​​​​​​​ 2018年西国三十三所巡礼開始。
 会社の旅行で青岸渡寺に参拝後、西国三十三所草創1300年を知ったことが巡礼開始のきっかけ。
        ​
◆巡礼を初めて感じたこと


1.マイカーで参拝しやすい
 駐車場が整っていることがほとんど。
 山道は嫌いではないので、けっこうドライブを楽しんでいる。
 狭い山道、峠道が得意でない方には、自家用車は一部難所。


 道の駅ではないが、駐車場、トイレなどが整っていることがほとんど。
        ​

2.よい運動になる

 山寺が多く、坂道、山道、長い石段を歩くことになる。
 足、ひざが健康であれば、極めて健康に良い。
 歩き回るのは基本的に腰に良い。

 山登の入門編という寺もある。 
 天候などにより足下が悪いこともあり、トレッキングシューズ、山ファッションも多く見かける。
        ​

3.歴史に興味がわく
 それぞれの寺の由緒は大きく歴史に絡んでいる。
 既にある歴史の知識に新たな知識が加わり、歴史のロマンが広がった。
        ​

4.仏心が養われる
 基本、一番大事なことである。
 様々な宗派、本尊も観音菩薩ばかりではなく、幅広い仏教の知識が身に着く。
 実に実に有り難いことである。 
 『般若心経』、『観音経』についても当然学んだ。
 観音の真言も唱えられるようになった。
        ​

5.巡礼のステップアップシステムの魅力
 家元制度など、日本人はステップアップシステムが好きだ。
 巡礼・交通の困難さが減った現代は、様々な情報あふれる時代。
 関心を保ち続けるためにステップアップシステムは重要。
 1回で終わりのスランプラリーではなく、2回、3回と繰り返し巡礼する価値を感じる。
        ​
・先達

 三十三所1巡
​​​​​​​​​​        

・中先達
 先達として2巡=通算3巡

・大先達
 中先達として3巡=通算6巡
     


・特任先達
 大先達として5巡=通算11巡

・特任権中先達
 特任先達として6巡=通算17巡

・特任中先達
 特任権中先達として6巡=通算23巡

・特任権大先達
 特任中先達として6巡=通算29巡

・特任大先達
 特任権大先達として5巡=通算34巡
 先達として33巡
        ​
 観音力の御利益はどこにあるだろうか。
 私は西国三十三所を巡る環境にあることが、とても恵まれている、有り難いことと思っている。
 いろいろあるが、社会が平和で豊かでなければ霊場巡りは覚束ない。
        ​






最終更新日  2019年10月17日 17時49分16秒
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2018年10月19日
カテゴリ:西国三十三所霊場
​​​​​​​​​  
 先達の授与品に頭陀袋があった。
 気になって言葉を調べる。
        ​
 ずだぶくろ【頭陀袋】
 出典:大辞林 第三版の解説
(1)頭陀行を行う僧が、僧具・経巻・お布施などを
 入れて首にかける袋。頭陀。 
(2)死人を葬るとき、その首にかける袋。 
(3)雑多な品物を入れて運ぶ、簡単なつくりの布製の袋。

​ 物は現物をみて分かる。​
 名前の由来が気になった。
        ​
 出典:Wikipedia
 今日では一般的に、ずた袋と濁らずにいわれる場合
も多いが、漢字で“頭陀”と表記されることから、本
ずだ袋と濁るのが正しい
 
 また“頭陀”(ずだ)とは、梵語のDhūta(ドゥータ
意味:払い落とす、棄捨)の漢訳音写であり、仏教の
僧侶が行う修行(頭陀行、乞食の行)のことである。
 したがって、頭陀袋とは、本来この頭陀行を行う
僧侶が、携行用に用いた袋のことであった。 
 別名として三衣袋(さんえぶくろ)、衣嚢(えのう)
打包(だほう)ともいわれる。
 これらは、もと比丘が山野を行脚する時に、僧伽梨
(そうぎゃり)・鬱多羅僧(うったらそう)・安陀会
(あんだえ)という3つの衣(三衣)が塵や埃、土で
汚れないように入れたものである。
 したがって本来の用途はこれらの僧衣を入れるため
の袋であった。 
        
 しかし時代を経ると、これらの衣だけでなく行乞で
供養してもらった物などや仏具なども入れるようにな
った。
 したがって、今日、運搬用で雑多な物を入れる袋を
“ズタ袋”などというのはここに由来する。 
 また後世になって、仏式葬儀の際、死者の首から
提げる袋も“頭陀袋”というようになった。
 これは、これから仏教修行の旅に出るという意味合
いであり、白い布製の頭陀袋の中には、紙に描いた
六文銭を入れる。 
 …引用終わり…
        ​
 納経帳、御朱印帳の類を入れるのは適切なようだ。
 肩掛けの袋は難所には不適だろう。
 背負子スタイルがよいな。
​​​​​​​​​






最終更新日  2018年10月19日 16時00分18秒
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カテゴリ:西国三十三所霊場
​​​​​​​​​
 2018年4月14日、西国三十三所霊場巡礼開始。
 青岸渡寺で西国三十三所の納経帳をいただき、巡礼
を始める。
 草創1300年であること、西国三十三所巡礼の起源、
今年の1月10日に参拝した青岸渡寺が一番札所である
こと、これも何かのご縁と考えたこと始めるきっか
けと記憶している。
  
​ 最初は御朱印とともにいただく散華が何を意味する
かも知らなかった。​
        ​
 愛車フィット3で観音霊場尋ねる。
 けっこうな山寺が多いことに驚き、大汗をかき、
道々楽しみながら巡礼、参拝した。
 車や各種交通機関がない時代は、さぞ大変だったと
想像させる。
 番外札所の法起院、花山院、元慶寺番も参拝を終え、
 8月13日、三十三番札所谷汲山華厳寺にて結願。
 ちょっと嬉しい。
 小さなことでも「やり遂げた」感がある。
 散華の台紙も綺麗に埋まった
        ​
 先達の申請書をいただき申請書の郵送、申請料の郵便
振替を終えたのが8月20日。
 先達として登録され、授与品(袈裟、頭陀袋、軸装
納経帳、名札)が届くのを心待ちに過す。
 9月13日、授与品到着。
 全くたいしたことではないのだろうが、名札に自分
の名をみて、ちょっと晴れがましく感じる。
 巡礼の旅の「先達様」になったななら一段と精進し
た方がよいのだろうな、と考える。
        ​
 西国三十三所巡礼の旅
​先達とは?​
 古来より巡拝案内、おつとめの導師などを勤められ
る方を先達様とおよびしています。
 巡拝を企画された方、自家用車で巡礼をされる方も
現代では立派な先達様です。 
 あなたも先達様になれます。 札所会では現代に
マッチした先達様を募集しています。
 ご家族や友人をお連れして再び西国巡礼に旅立って
ください。 
 …(略)… 
  ​​​​​​​​​​​  






最終更新日  2018年10月19日 06時00分22秒
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2018年09月04日
カテゴリ:西国三十三所霊場
​​​​​​​​​​​​​
【西国】
 西国の指す地域は、時と場合で使い分けられている。
 「西国三十三所」の西国は近畿地方。
 現代日本や鎌倉時代など、行政の中心が関東地方
(東国)にある場合に、それに対する近畿(関西)
地方(畿内)の呼称。
 京都からみて、東国は武力に頼る武士たちの東夷
(あずまえびす)の地。
 西国は文化、信仰の地ということになる。

       ​

​ 西国のいろいろは下記の通り。​
・中国地方
 特に山陽地方。
 かつて西国街道があったことに由来。
・九州地方
 かつて西海道と呼ばれたり、鎮西府がおかれたこ
 とに由来。
・中国・四国地方
・西日本
 日本国の西半分。
・畿内(近畿地方)より西方にある地域。
 中国・四国・九州・沖縄地方。
・関東地方より西方にある地域。
 中部・近畿・中国・四国・九州・沖縄地方。
・東京より西方にある地域。
 神奈川県・中部・近畿・中国・四国・九州・
 沖縄地方。

       ​

 西国三十三所に算えられる寺院は、番外三か寺を加
えて36。
 鎌倉時代に編纂されたとされる『寺門高僧記』以来、
変化が無いとのこと。
        ​

【観音菩薩】
『観音経』などに基づいて広く信仰・礼拝の対象と
なた。
 『般若心経』の冒頭に登場する菩薩で、般若の智
の象徴。
 大慈大悲を本誓とする。
 日本では現世利益と結びつけられて、時代・地域を
問わず広く信仰されてきた。

       ​
【三十三】 
 妙法蓮華経観世音菩薩普 門品(観音経、以下普門
 品)では観音の普現色身三昧より示現する三十三種
の 変化身により、衆生の悩み に応じて済度すると
説かれる。 
 観音経が普及とともに、観音の三十三変化身の数字
に意味を持たせて、観音と三十三とが結びついた。

       ​

【六観音】
 六観音は六道輪廻(ろくどうりんね、あらゆる生命
は六道、6種の世界に生まれ変わりを繰り返すとする)
の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救う
という考えから生まれた。

      ​

       ​

 真言系
 聖観音、十一面観音、千手観音、馬頭観音、
 如意輪観音、准胝観音を六観音。
 天台系
 聖観音、十一面観音、千手観音、馬頭観音、
 如意輪観音、不空羂索観音。
 天台系の准胝観音に代えて、不空羂索観音を加えている。

       ​

 六道とそれぞれの観音の組合せは、
 地獄道 - 聖観音  餓鬼道 - 千手観音、
 畜生道 - 馬頭観音  修羅道 - 十一面観音、
 人道 - 准胝観音  天道 - 如意輪観音 
 西国三十三所のうち、馬頭観音は松尾寺、准胝観音
は醍醐寺、不空羂索観音は興福寺南円堂だけ。
       ​

​​​​​​​​​​​​​






最終更新日  2018年09月04日 16時00分16秒
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カテゴリ:西国三十三所霊場
​​​​​​​​​​​
  
​ 8月13日、西国三十三所結願。​
 さてお礼参りはどこにしようか。
 信州の善光寺など定番のお礼参りのお寺さんがあげ
られているが、「ここじゃなきゃダメ」というのはな
いらしい。

       ​

 そこで三大観音巡りをお礼参り先にする。
 Wikipedia によると下記の三観音。
 浅草観音(金龍山浅草寺)@東京都台東区 
 大須観音(北野山真福寺)@愛知県名古屋市中区
 津観音(恵日山観音寺)@三重県津市 
 Wikipedia

       ​

​ 自宅から近い順にお参りする。​
 8月14日、今日もひどく暑い。
 津観音は一番近いのだが初参拝。
 真言宗醍醐派。
 本尊は聖観音菩薩と国府阿弥陀如来。
 お伊勢さんの有名な三重県において、寺院では専修寺
(浄土真宗高田派)に次いで2番目に参拝者の多い寺院。
 創建は和銅2年(709年)。
【津観音 再建の歴史】
 1945年(昭和20年)7月28日、米軍の焼夷弾により、
津市街の建造物の大半と共に観音寺の堂宇も灰燼に
帰した。
 1949年3月、河芸郡窪田の安養寺本堂を移築して
仮観音堂とし落慶、1968年観音堂再建。 
 1980年、本格的な再建事業が始まり、同年仁王門
完成。
 1984年鐘楼堂、1986年手水屋形完成。
 1989年(平成元年)収蔵庫、1994年護摩堂、2001
年資料館と木造五重塔(三重県初)が完成。 

       ​
 8月15日、暑さは続く。
 商店街のTV露出もあり、大須は少しは有名だと思う。
 真言宗智山派の別格本山。
 本尊は聖観音。
 正式な寺号「北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)」
は、通り名の「大須観音」より知る人は少ないと思う。
 創建は元弘3年(1333年)で 開基は能信上人。 
 この日は2階にある本堂からおりて1階の寺務所で
ご朱印をいただく。

       ​
 8月17日、やっぱり暑い。
 浅草の金龍山浅草寺に参拝。
 聖観音宗の総本山。
 本尊は聖観音菩薩。
 創建は(伝)推古天皇36年(628年)。 
 開基は(伝)土師中知(眞中知)。
 雷門から仲見世をすすみ宝蔵門に至る。
 相変わらず海外からの観光客が多い。
 何度か参拝した浅草観音だが、この日初めてその他の
堂宇を巡った。

       ​

 浅草神社も記憶にある限り初参拝。
 主祭神は土師真中知命、檜前浜成命、檜前武成命。
 読みは「はじのあたいなかとものみこと」、
 「ひのくまはまなりのみこと」、「ひのくまたけなり
みこと」。
 この三人の御霊をもって「三社権現」と称される。 

       ​
 三山とも西国三十三所納経帳にご朱印をいただく。
 いずれ、奈良の東大寺二月堂も参拝するか。
​​​​​​​​​​​






最終更新日  2018年09月04日 06時00分23秒
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2018年09月03日
カテゴリ:西国三十三所霊場
​​​​​​ 
 8月13日、華厳寺の納経所にて先達申請の用紙を
いただく。


 その後、奥の院に挑戦。
 前日は雨だったがこの日は酷暑晴。
 1時間ぐらいとどこかでみた。
 前日の雨のせいもあり、靴は山歩き用の靴がいい。

       ​

 満願堂の右手から登拝開始。

 西国三十三所の観音様の祠が順番にありお参りしな
がら登ることができる。

 最初は木の根道。
 岩道、砂利道、水道(みずみち)とバラエティに富ん
でいる。

 18番札所を過ぎたところで根元から折れた木が道
を塞いでいた。

 どけられる枝はどけながら登ってきたがこれは無理。
 跨いでクリア。
 水で抉られ段差が大きくなっているところもあった。
 20番を過ぎてあと3分の2かと思ったら、斜度が
きつくなってきた。

       ​

 日頃、運動不測の私は心臓バクバク。
 水分補給で2度立ち止まった以外はゆっくり歩いて、
奥の院に到着。

 十一面観世音菩薩が安置されている。
 参拝し、景色を少々見て下山。
 下山は傾斜、ところにより段差がきついこと、落ち
葉などで滑り易いので、急ぐことができなかった


       ​

 9時23分から登拝を開始し、満願堂に戻った時は9時
50分だった。

 一歩一歩ゆっくりと登り、三十三所ごと軽く参拝しな
がらのゆったりしたペースだ。

 気温は33度ぐらい(車載の外気温計)だったので、
汗かき体質の私は、Tシャツからジーンズまで汗でビッ
ショリだった。


       ​

 いろいろなチョウチョ、トカゲやカナヘビ、カエル
も沢山出会った。

 クモの巣も少し壊したし、Tシャツに付いたヒルを
らった。 

 登拝で肺腑の奥底から日頃の穢れを吐き出し、天然
自然の聖なる気を取り入れることができた。
​​​​​
 五体健全で少々元気があるなら、ぜひ奥の院に登拝
した方が良い。


       ​






最終更新日  2018年09月03日 16時00分12秒
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カテゴリ:西国三十三所霊場
​​​​​​​​  
 8月13日、華厳寺に参拝する。
 西国三十三所第三十三番札所の谷汲山華厳寺は、
西国三十三所の札所寺院でただ一つ、近畿地方以外、
岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積にある。
 天台宗。本尊は十一面観音。脇侍は不動明王と
毘沙門天。 

       ​
【満願結願の寺院】
 本堂に安置される本尊、十一面観世音菩薩は秘仏。
 堂内右手に納経所。
 本堂内左側に「戒壇巡り」の入り口がある。
 正面向拝の左右の柱に華厳
寺で満願した記念に触れ
る「精進落としの鯉」とい
う名の銅製の鯉がある。
 笈摺堂は本堂背後にある小堂。
 巡礼を終えた花山法皇が、笈摺、杖と三首の御詠歌
を奉納したとされる。
 そこで今日も、西国三十三所巡礼を終えた人々が奉
納した笈摺、御朱印帳等が置かれ、多数の千羽鶴が奉
納されている。

       ​

 満願堂は本堂から裏手に進み、笈摺堂、子安観音堂
を経て、階段を三十三段上った先に建つお堂。
 本尊は十一面観世音菩薩
 周囲に「満願」の文字の刻まれた狸の石造が並び、
巡礼者はここで納め札を納める。
【御朱印】
 ということで華厳寺の御朱印は、本堂(観音堂)・
満願堂、笈摺堂の3種。
 観音堂は現世、満願堂は過去世、笈摺堂は来世を意
味するとされる。

       ​

【三十三所巡拝後】
 納経帳にて巡拝の確認後、納経所にある申請用紙に
寺院名と確認印を押印していただく。
 申請用紙に必要事項を記入して宛先に郵送、申請費
用もゆうちょ銀行に払い込む。
 西国三十三所の先達になることができる。
 そして先達から次のステップが始まる。
       ​
 西国三十三所札所会 公式サイト​
​ 先達とは?​
 古来より巡拝案内、おつとめの導師などを勤められ
る方を先達様とおよびしています。
 巡拝を企画された方、自家用車で巡礼をされる方も
現代では立派な先達様です。 
 あなたも先達様になれます。
 札所会では現代にマッチした先達様を募集していま
す。
 ご家族や友人をお連れして再び西国巡礼に旅立って
ください。 
 …(略)…
​​​​​​​






最終更新日  2018年09月03日 06時00分23秒
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2018年09月02日
カテゴリ:西国三十三所霊場
​​​​​​​​​​​​​​​​​​
 8月5日(日)、二条城見学、晴明神社、元慶寺参拝
のあと宇治へ向かう。
 昼過ぎであり、日中の最高気温に達する頃だ。
 宇治に着いて平等院周辺のたくさんある上限設
定金額のあるコインパー
キングに適当に駐車。
 で、下車して最初に向かったのは、宇治橋を渡って
平等院と反対岸の宇治神社。

      ​

【宇治神社】
 祭神は菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと) 
 第15代応神天皇の皇子で、異母兄は大鷦鷯尊(のち
の仁徳天皇)。
 手水舎がありますが、兎がモチーフ。
 見返り兎みくじ、絵馬、御朱印帳など随所にウサギ
がいる。

      ​

【宇治上神社】
 参拝後は宇治上神社へ参る。
 明治以前までは、宇治神社が若宮、宇治上神社が
宮で神宮の内宮と下宮と同じく二社一対だった。
 宇治神社と同様、本殿の前に立派な拝殿があり、
面には一対の清めの砂が円錐状に盛られている。
 宇治上神社の本殿は、一間社流造の内殿3棟が左右
に並ぶ。
 祭神3柱。 
 左殿:菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)
 中殿:応神天皇 第15代天皇。菟道稚郎子命の父。
 右殿:仁徳天皇 第16代天皇。菟道稚郎子命の異母兄
 参拝を終えて平等院へ徒歩で向かう。
 ルートは川沿いを進んで人道橋を渡った。

      ​

​【平等院】​
​ 10円玉で昔から馴染み深かったが、初めて訪れた。​
 朝日山平等院は歴史的経緯(寺社奉行の裁定)で、
二寺で管理されている。
 まず、浄土宗系の浄土院に参拝。
 表に求世船乗観音像がお祀りされてる。
 本堂の右手に羅漢堂、左手の書院や養林庵は非公開
とのこと。
 次に天台宗系の最勝院、不動堂、ご本尊不動明王に
参拝する。
 御朱印をいただく。

      ​

 最勝院を出て歩をすすめると、鳳凰堂拝観の受付所
がある。
 14:30 からの拝観、5分前集合と告げられる。
 拝観料は300円。
 待ち時間が50分ぐらいあり、その間に御朱印を
ただく。
 扇の芝、観音堂を眺めて集合時間を待つ。
 ミストも整えられているがひたすら暑い。
 持参の水も尽きた。

      ​

 鳳凰堂の拝観はガイドツアー方式で、ご本尊の阿弥
陀如来様の前で、歴史や数々のトリビアが聞ける。
 工事の足場が取れたら、また訪れたい。
 鳳凰堂を真正面から眺め、六角堂、鐘楼の横を通っ
て鳳翔館に入る。
 まづは屋内の空調、冷気に感謝し、展示をじっくり
見学。

      ​

 平等院を出て、通ってこなかった表参道を通り、
コインパーキングに戻る。
 無事帰宅。
 谷汲山華厳寺以外は、西国三十三所は番外にいた
まで集印を終えた。
 第三十三番札所の結願まで、もう一歩だ。
​​​​​​​​​​​​​​​​​​
      ​






最終更新日  2018年09月02日 14時00分10秒
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カテゴリ:西国三十三所霊場
​​​​​​​
 8月5日(日)、夏の京都は暑い。
 今年は格別に暑く、最高気温は39.5度。

      ​

【二条城】
 日本の100名城、二条城見学。
 暑くてもインバウンド客は多数。
 日本人より日本文化に詳しい外国人が増えていくこ
とだろう。
 一通り順路を巡り、最後の大休憩所でスタンプ。

      ​

【晴明神社】
 次に近所の晴明神社に参拝。
 1007年創建で、主祭神は安倍晴明御霊神。 
 この日は我が人生2回目の参拝。
 陰陽師安倍晴明に関心があり、前々から晴明神社の
御朱印帳と御朱印が欲しかった。
 御朱印付きで2000円。
 奈良の安倍文殊院、大阪の晴明神社、信太森葛葉稲
荷神社、名古屋の名古屋晴明神社、上野天満宮の晴明
殿、東京の五方山熊野神社など晴明ゆかりの御朱印を
集めたいと考えている。

      ​

​【元慶寺】​
 駐車場から車を出し山科区、元慶寺へ向かう。
 住所でセットしナビの指示通りに行ったが、どうも
違う。
 Honda純正インターナビは近所でセットし、道路の
左右によく注意していたら、元慶寺入口の看板を見つ
ける。
 ラッキー。
 看板のところ入って1車線分の道の正面に元慶寺。
 看板からちょっと進んで右手に、元慶寺の参拝者用
駐車場(2台分)があった。
 知らなければ辿りつけない。
 これも現代マイカー巡礼の難所か。

      ​

 天台宗、華頂山 元慶寺は札所巡礼の中興の花山法
皇が、おそらく意に反して落飾されたところ。
 西国三十三所の四番、三井寺(円城寺)の次の番外
札所。
 コンパクトな寺院。
 本堂の本尊、薬師瑠璃光如来に参拝。   
 本堂の右手にある庫裏で御朱印をいただく。

      ​

​ ありがたい気持ちを胸に、宇治に向かう。​
​​​​​​​






最終更新日  2018年09月02日 06時00分16秒
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2018年08月16日
カテゴリ:西国三十三所霊場
​​​​​​​​​​​​​
 七福神巡りなど、古来より日本人は巡り参拝するこ
とが好きなようだ。

     ​
 三十三所1300年
 2018年07月14日 和歌山新報
 日本最古の巡礼路といわれる西国三十三所観音霊場
は、本来は近畿2府4県と岐阜県にまたがる寺院を巡
るが、有力大名らが居住地域で巡礼ができるように
創建した「西国写し霊場」が和歌山市をはじめ各地に
ある。
 ことしが三十三所の草創1300年にあたることを
記念し、市内の写し霊場を巡るツアーが人気を呼んで
いる。

     ​

 南海電鉄和歌山支社が企画した全4回のツアーで、
このほど第1回を開催。第一番札所の「鶴林山高松寺」
(東高松)を皮切りに、第十番の「大寶山恵運寺」
(吹上)までを、市語り部クラブの中島暁子さん
(73)
の解説を聞きながら巡り、10~70代の
35人が
参加した。
 高松寺では、実際の二番札所である紀三井寺の前田
泰道貫主による法話があり、参加者は熱心に耳を傾け
た。
 前田貫主は観音霊場の起源について、養老2年
(718)に徳道上人が奈良県の長谷寺で病で死に瀕し
たとき、閻魔(えんま)大王から悩む民衆を救う霊場
巡りを広めるよう言われ、預かった宝印を基に札所を
開いたとされる逸話を紹介。
 西洋の巡礼が聖地を一直線に目指すのに対し、東洋
では巡回するという違いも語った。
 …(略)…

     ​
 何が「写し巡礼」にあたるのか分からないが、西国
三十三所に範をとったと思われる巡礼だけでも様々
ある。

     ​

 新西国三十三箇所
 1932年に正式に「新西国三十三箇所」としてまとめ
られた。
 江戸時代から、西国三十三所観音霊場に隣接する観音
奉安寺院を巡礼の途上で参拝していた記録がある。
 他にもたくさんある。
 日本における観音信仰の広がりと根強さがみえる。
 現世ご利益のあるのだろうか。
 播磨西国三十三箇所
 和泉西国三十三箇所
 坂東三十三箇所
 秩父三十四箇所
 佐野板東三十三箇所
 中国三十三観音霊場
 四国八十八箇所
 摂津国八十八箇所
 南和新西国三十三箇所
 相模新西国三十三箇所
 伊勢神宮があることから神社の地と思われがちな
三重県にも三十三所観音巡礼はある。
     ​
​ ​伊勢西国三十三所観音巡礼​公式サイト​
 伊勢西国三十三所観音巡礼
  ―もう一つのお伊勢まいり―
 伊勢西国三十三所霊場は、お伊勢参りと共に多くの
 人々が訪ねる由緒ある古巡礼です。
 皆様もぜひ、伊勢国の観音さまとご仏縁を結ぶ巡礼
 の旅にお出かけください

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 平安時代から続く神仏習合の歴史は、維新政府の
神仏分離令を乗り越えて脈々と続いている。
 観音菩薩の慈悲の心が遍く行き渡ることを願う。
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最終更新日  2018年08月16日 06時00分19秒
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