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カテゴリ:短歌/俳句/小説/戯曲
駒田 なんだ、たったこれだけか。さすが九州。東京の一年生並みだな。よし、じゃあ、そこの君。今日の日経平均はいくらだった? 学生1 え…一万四千円くらいだったと思います。 駒田 みんな!聞いたか!「一万四千円」だとよ。「くらい」だとよ。 (学生1、うつむく) 駒田 正しくは「一万四千二十五円」だ。 原油先物相場が一旦落ち着きを取り戻し、投機資金の流入が一段落したことで、バーナンキ議長が「当面、株式市場は安定するだろう」と声明を発したのがきっかけだな。じゃあ、そこの君!バーナンキはどこの議長だ? 学生2 えっと、確か連邦金融安定…。 駒田 何だと? 学生2 じゃなくて、連邦準備制度…。 駒田 君、本当に大学生か?学生なら英語で答えろよ、英語で! 連邦準備制度理事会、すなわちFederal Reserve Board、FRBだな。君は就活じゃなくて、大学入試くらいからやり直したまえ。 (学生2、うつむく) 絵里 ほんと、嫌味なヤツ。 駒田 いちいち他の学生にまで聞いたら、説明に時間がかかるから、今日はこれくらいにしといてやるが、どうせみんな同じ程度だろう。毎年、九州の学生は全く進歩してないな。 駒田 くれぐれも念を押しておくが、就職に甘い夢など持たんことだな。 仕事は勉強や遊びと違って、生き馬の目を抜くビジネス社会の出来事だ。 諸君は格差社会の世の中にこれから突入していくわけだが、さっきの質問で、諸君全員が「下流社会の人間」ということがよく分かっただろう。 (麻衣、鋭くステージを見つめる) 駒田 要するに、諸君は「就職以前」ということだ。ビジネスは金が飛び交う非情な世界だ。君らじゃ到底、太刀打ちできんだろう。 だが、頑張ればフリーターを回避することくらいは可能だ。失業式を迎えたくなかったら、今日帰ってすぐリクナビに登録し、日経新聞の購読を申し込むことだな。 駒田 特に文学部!諸君の就職はヒジョーに厳しい!それから、資格がない奴!TOEICが六〇〇点以下の奴!諸君には補欠席さえ用意されていない。 それが社会の現実だ。悔しかったら、さっさと夏休み気分を捨てることだな。じゃあ、今日の説明会はこれで終わりだ。 (麻衣、絵里、美里、揃って駒田を見つめる) (説明会終了。麻衣と美里、町の喫茶店へ) 美里 ごめんね、せっかく誘ったのに、あんな話だったなんて。前もって調べとけばよかった。 麻衣 いいのよ、あれはあれで、勉強になる話だったし。 美里 勉強になった?どこがなのよ? 麻衣 確かに私たちは何も知らない。夏休みが終わるのも嫌。こんな気持ちじゃ就職は厳しいってことは納得できた、ってこと。 美里 あんた、ホントにお人好しね。あたしはもっと、やる気が出る話を期待してたのに。 麻衣 そうね。やる気がない人は、確かに多いよね。振り返れば、私たちが入学した時から、先輩たちはいつも、この時期を迎えると…。 「やりたいことが見つからない」 「何から始めていいか分からない」 「できるだけ学生でいたい」 「仕事なんてしたくない」 「本当に内定できるんだろうか」 「業界や企業のことなんて、全然知らない」 …って言ってた。 美里 あたし、人材業界に興味があるんだ。人と仕事の出会い方がもっと良くなれば、日本を変えられそうだって感じるの。 麻衣 私も、そういう高い理想を持って働きたいな。 美里 麻衣はどの業界を目指してるの? 麻衣 私は…業界よりも、尊敬できる人の会社で働きたいってことくらいしか考えてないよ。それか、心から助けたいと願う人のために役に立ちたい。 美里 そういう気持ち、大事だよね。駒田が言う時事知識や就活対策も確かに大事だとは思うけど、あたしは、あんな冷たい気持ちで自分の未来とは向き合いたくないな。 麻衣 そうね。少なくとも、尊敬できる大人の姿とは思えなかった。でも、私たちの甘さに気付くにはいいきっかけになったよ。美里、ありがとう。 美里 そう言ってもらえて助かったよ。…あ、あの人。 麻衣 わ、亘先輩! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.06.23 04:16:35
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