山本球の『球音日記』

ナイスゲーム！

と、試合を見終わった今テレビの前で叫んでいる僕がいる。昨日、夜勤で一睡もしていない疲れなどどこかへ吹っ飛んでしまっている。

広陵－常葉菊川の準決勝。

この両校どこか対極にいる。

片や今大会圧倒的な強さを見せ付けている伝統校。
片やセンバツ優勝の実績と連日の逆転勝利で勢いの付いている新興勢力。

と言うチームのバックグラウンド。

先発したエース、常葉菊川・田中投手、広陵・野村投手の二人にしても、

片や田中投手は強気に速球でグイグイ押す力の投球が出来る投手。
片や野村投手は変化球でカウントを取り打ち取っていく投球が持ち味。

さらに、攻撃の仕方も
バントや盗塁を絡めた緻密でセオリー通り野球を展開する広陵
走者がいてもとことん強攻と言うニュースタイルの常葉菊川

と、真逆。

なんて、今は冷静に書けるがプレーボールの時は夜勤の眠気もありぼんやりとテレビを見ているだけだった。

そんな眠気を覚ましてくれたのは広陵の主将・土生選手の一発だった。内角の難しいボールを引っ張るとスタンドに糸を引くように吸い込まれていった。僕は土生選手のことを『金本二世』だと思っている。金本とはもちろん、阪神タイガースの四番打者の金本智憲選手のこと。外野と内野の違いはあれど、同じ広陵高校、同じ右投げ左打ち、そして意識しているのかいないのか打撃フォームも似ている。先制本塁打に沸くスタンドを横目に悠々とベースを回るその姿はいかにも金本選手そのものである。試合を重ねる毎に打撃が上向きになっている彼のバットはこの試合のカギを握るであろうと、そのとき思った。

そして、もう一人この試合のカギを握るであろう選手が次のバッターボックスに入った。この試合から四番に戻った山下選手である。駒苫との初戦ではベンチからのスタートながら試合の流れをググッと引き寄せるヒットを放つなど今大会の広陵打線において常に美味しいところを持っていっている選手だ。センバツでは四番を打っていたが、手首の故障を抱え最後の夏へ向けて苦しみもがいた選手である。初戦はベンチだったが起用に応える活躍を見せ試合を重ねる毎に打順を上げていき、この準決勝で四番へ復帰した。
本塁打の後の第一打席、広陵の良い流れを維持するために一本、いや最低でも出塁しておきたい打席である。

一方、先制本塁打に少々動揺の表情を見せた常葉・田中投手だが山下選手に対するとキッと引き締まった表情になったような気がした。

流れを手繰り寄せたい広陵、その流れを断ち切りたい常葉。四番とエースの対決はボール気味のカーブを山下選手がヒット！

その後の打者は三振に倒れたが、広陵にやや流れが傾いた気がした。

「常葉菊川は逆転で勝ち上がってきている」今朝、同僚にこんな興味深い話を聞いた。と、言うことは、先制されたこの展開は常葉にとっては願っても無い「いつもの形」である。

加えて広陵のエース・野村投手は立ち上がりに不安ありと言う。常葉の各打者は先制されたこの裏に一気に引っくり返す勢いで１回裏に臨んだはずだ。

しかし、今日の野村投手はどこか違っていた。外に変化球、内に速球と投げ分ける丁寧な投球で１回を無難に三者凡退に切って取った。そのときは何も気が付かなかったが、常葉の各打者のスイングは長打を狙っているのか少し大振りに感じた。

いつもの攻撃のリズムが出ない。少し狂った歯車を修正できるか否かかは勝者と敗者を大きく分ける重要な要素である。そのリズムを作るのは守備のイニングをどうリズム良く乗り越えるかだと思う。

この試合の場合、常葉菊川がリズムを立て直すなら二回の表だったように思う。先制され、攻撃も淡白に終わった。追加点は許すわけにはいかない。そんなイニングの先頭打者・林選手。二年生ながらしぶとい打撃と堅実な守備を誇る二塁手である。名門・広陵にあって二年生で内野の一角を任されるだけあって根性が座っている。センバツ優勝投手の常葉・田中投手の甘い球を逃さずヒットにする。三人で切らなければならないイニングの先頭を出してしまった。
次の打者はセオリー通りの送りバント。初球でバントを決めたがピッチャーの正面へ転がってしまう。

田中投手、すかさず併殺を狙い二塁へ送球する、タイミングは完全にアウト！広陵のチャンスは潰れたかに見えたが、送球が少し高く浮きベースカバーに入ったショートの足がベースから離れてしまった。塁審の手が大きく開く。更に常葉にとって不運が続く、打者走者をアウトにしようとショートが無理な体勢から送球しあろう事か暴投。そのボールがカメラマン席に入ってしまい。塁に残った走者二人にテイクワンベースが宣告された。驚くのは、その時二塁ベースにいたはずの林選手がホームベースへ返ってきたこと。林選手はボールが転々としている間に一気に三塁を陥れていたのである。なので、テイクワンベースが宣告された時、ホームを踏むことが出来たのだろうと推測したのだが、細かいルールにあまり詳しくない僕はこのプレーに関しては少々説明するのに自信が無い。僕が言えることは唯一つ。

これでまた、広陵へ流れは傾いたと言うことだ。

不運な失点を許した田中投手だが更なる追加点を狙う後続をしっかり抑え最小失点で留めた。

このリズムが攻撃へ伝染したのだろう。その裏の攻撃、先頭四番の相馬選手が初球を二塁打にする。打線が繋がり出すと手の付けられない常葉菊川打線。２点のリードはセーフティーリードであるはずもない。しかし、続く五番・中川選手のスイングが明らかにおかしい。バットが下から出てしかも大きい当たりを狙っているのか変化球を無理に大振りしバットが空を切った。三振である。打って出るのが形の常葉菊川だが、この三振は流れを大きく断ち切ってしまう。活発な打線で勝ってきたチームなら尚更である。続く酒井選手は初球をレフトへ運ぶが当たりが良すぎて二塁ランナーが返ることが出来ない。常葉菊川の野球が徐々にチグハグになってきていた。そして、決定的に常葉菊川打線の流れを切ってしまったのが、七番・石岡選手のバッティングだろう。センバツから『脅威の七番打者』と言われて来た彼が前日の大垣日大戦で本塁打を放った。その本塁打の余韻もあってなのだろうか、スイングが明らかに大きい辺りを狙った大振りになっていた。序盤、１点でも返したい場面。それでも彼のバットはおおきなスイングを繰り返し結局、セカンドフライに終わってしまった。八番の『ラッキーボーイ』伊藤選手も三振に倒れ自慢の打線の歯車が噛み合わなくなってしまった。

３回はどちらのエースもゼロに抑えた。特に、田中投手は二番から始まるいやらしい打順を三者凡退に打ち取り立ち直りの兆しを見せて、味方の反撃を待っていた。しかし４回表、田中投手は、林選手にまたヒットを許し続く有水選手にも連打を浴びる。ここが踏ん張りどころなのだが、次の打者のセカンドゴロの間に林選手がホームイン！野村投手の調子を考えると常葉菊川にとっては厳しい３点目が入ってしまった。本塁打、チームのミス、そして連打からの失点と得点の入り方もどこか敗色ムードがムンムンしてくる展開。このまま、ずるずる点差の離れる試合になってしまうのか？と、思っていた。しかし、そこはセンバツ優勝投手！次のイニング以降も走者は許すものの得点を与えない粘りの投球を見せた。５回には連打を許すもののショートの長谷川選手のファインプレーもありピンチを凌ぐという場面もあった。

守備に立ち直りが見られるのだが、いかんせん打線に元気が無い。特に、五番・中川選手、七番・石岡選手のスイングは見る度スイングが大きく打てる気がしなかった。四番・相馬選手、六番・酒井選手が安打を放ち、チャンスは作るものの後続がこの有様では得点以前の話である。日南学園戦で劇的なホームランを放った伊藤選手が八番に座っているのに打線が繋がらないため、攻めにチグハグなイメージが残った。常葉菊川の野球を知らない人が見たら「無策」であると、罵倒したくなるような歯痒い淡白な攻撃が続く。

特に、七回の攻撃は先頭の酒井選手が出塁するも続く石岡選手がヒッティングで敢え無くゲッツー。続く伊藤選手がライト頭上を越える当たりで三塁を陥れるものの続く田中投手の代打・山田選手は変化球に全くタイミングが合っていないスイングで三振に倒れた。再三のピンチも広陵のエース・野村投手の外へのスライダーや気を抜くスローカーブは面白いように決まっていく。

（後半へ続く）