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カテゴリ:想像の小箱(「十二」?)
「再び密談」
雲海を遥か下に見下ろす上空を赤い獣が翔けている。その大きな背中には人の姿が見える。それは宙空のとある場所で停まった。獣の背に乗った人はそこでトントントンと何かを叩く素振りをしては間を空け、再び叩く仕草を繰り返した。やがて行く手を阻んでいたものが開いたのか、獣は少し前に進むと今度は急降下に移った。そしてある建物の中に姿を現す。そこには白髪白髯の老人が一人書卓に向かって何かを書き付けていた。音もなく獣の背から降り立ったものが拱手する。 「ご無沙汰しています」 「そうでもなかろう。二年くらいか?」 「民であれば十分ご無沙汰かと」 「最近は忙しかったからの。真君もそうであろ?」 「半年か一年くらいで移動していますので、さほどではありませんが」 「噂では黄海で派手にやったとか?」 「たまたまです。何度も自分の名を呼ばれればどうしても気になりますのでね。三百年ぶりに人に会いました」 「黄海で同じものに会うとはそのものも強運じゃの」 「いえ、そのものの駮です。初めて会った時に気紛れで私の名をつけるのを許してしまいました。その娘が供王です。まさかその時の連れが劉王になっているとも思いませんでした。しかも、その時の駮が三百年も生き延びるとは」 「お主の名を受けたからじゃろうて。お主の名を知るものは少ない。まして同じ名を持つものなどいるはずもない。黄海の産であればなおさら効用があろう。きっと駮らしからぬものだったであろう?」 「ええ、『奴』に向かって行っていましたからね。他にも三頭ほど駮がいましたが、皆気死してました。麒麟が対峙していましたが、勝ち目はなく、それを助けようとして、返り討ちにあってしまいました。あやつに敵うものなどいないのに、ですよ。主人の劉王にとって大事な存在の麒麟だと理解していたようですね。もう少し早ければ助けられたかもしれない」 「それは残念なことをしたの」 「ええ、自分と同じ名の駮ですからね。少し語り合いたかったです。三百年も生きてどうだったとか」 「七百年も生きていてそれを言うか?」 「まだ、七百年です。老君は千年?二千年?それ以上でしたか?」 「さぁ、忘れてしまったの。時などまるで無縁だからの。野にあれば産まれ、育ち、朽ちるさまを目の当たりにするものじゃが、雲海の上におると誰も年をとらぬ。時が止まった世界だからの。厭いてくるとついつい野に下りたくなる」 「ではそろそろ?」 「いや、お主が忙しく仕事をするので、当分はここにおらねばならぬ。少なくとも今斃れている国の王が決まるまではの」 「常に何処かの王は空いていることになっていますので、それでは永遠に野に下れませんよ」 「まぁ、キリの良いところで、かの?厭な斃れ方をした雁や戴、範辺りを見れば十分かの」 「そうですか…」 「まだこれからも斃れるのか?」 「どうも私と関りのあるところのようなので…」 「恭や柳か?」 「おそらくは。それで六国、半分ですからね。今回のことも私と関わりがなければ斃れていたかも」 「それは危うい綱渡りだったようじゃの。お主と会うのは黄海で一本の針を探すよりも難しいといわれておるのにの」 「余程の運ですね。あるいは巡り合わせなのか… でも、それも今回で切れてしまいました」 「駮に与えた名が呪になっておったか?」 「おそらくは。その呪が駮の死によって破れましたからね。劉王と三度目に会うことはないと」 「その劉王が狙われた、ということはあるのかの?」 「劉王を、というよりは麒麟をすべて、といった感じのようです。『奴』は生きたまま麒麟を喰らっていますからね。その麒麟の味に魅せられたのかもしれません。蓬廬宮には今麒麟の幼獣が三頭、卵果が一つ。間も無く使令を求めて蓬廬宮の外に出て来始めるのを狙っていたようです。『奴』に敵うのは黒麒麟くらいで、普通の麒麟では太刀打ちできませんから。もちろん蓬廬宮は強力な呪で結界を張っていますが、外郭部では結界が破られていたくらいの力を保持していましたからね。このろくたですらどうにか睨みあいができたくらいで、まともにやりあっていたらどうだったか」 若い漢はそう言って赤い獣の頭をなぜた。獣は老君の前ということで常よりも小さく、子犬くらいの大きさになって、真君の膝の上で丸くなっている。が、謙遜とはいえ、自分が負けるようなことを真君が口にしたことに不満を抱いたのか、真君の手を甘噛みした。甘噛みとはいえ鋭い牙なので、真君は顔をしかめ、もう一方の手で頭を撫でてやる。 「ろくたが負けるなんてことは思っていないよ。ろくたが睨みを利かせてくれたから私も『奴』を屠ることができたんだ。あの程度の妖魔にろくたが後れを取るなんてないからね」 真君が前言を翻したので、赤い獣は満足そうに真君の手を舐める。その目が『わかればいい』と言っていた。 「なかなか矜持を持ったもののようじゃの」 「ええ、こいつとも長い付き合いですからね。謙遜でも許してくれません。実際、ろくたよりも強い妖魔などいませんからね」 「では『奴』も?」 「私もろくたも麒麟などとは桁が違いますからね。この皮甲と玉の披巾にはどんな妖魔も逆らえませんからね。唯一の例外が私とともにいる、このろくたです。普通の妖魔ならじゃれることすらできませんよ」 「ああ、その皮甲と玉の披巾を前に少し分けてもらったであろ?それで命が助かったものがいる」 「『奴』と出会ってですか?」 「そうじゃ。今は戴の遣士をしておる。景王が践祚したばかりでわしがまだ野にいた頃に里家で面倒を見ていた姉弟がおってな、わしを付け狙う輩の凶刃に姉の方は屠られ、弟の方は九死に一生を得たのじゃ。姉は景王の玉璽を守って息絶えておったそうじゃ。その時助かった弟が今金波宮の官での、その孫娘があの姉に良く似ておって何かと思い出させるのじゃ。その娘が戴に行くことになり、何か予感がしたのじゃ。泰麒の使令がそうじゃとはその時は思わなんだが、妖魔除けをやらねばと思ったのじゃ。それでお主の分けてもらった皮で作った袋に玉を入れたものをお守りとして持たせたのじゃ。『奴』に斬りかかりながらも『奴』の方が避けて逃げたそうじゃ。凄い効き目じゃの」 「この皮甲や披巾だけではそこまでの力はありませんよ。それを持つものの気力や気迫が妖魔を凌駕するものでなければあっさり屠られるだけです。これは気力や気迫を増幅するもので、呪の力も増します。その娘の胆力が優れているのでしょう」 「なるほどの。己を助けるものを助けるわけか」 「これ以上はダメですよ。それに気力を持たないものが身につけていると妖魔を呼び寄せるだけですからね。余程のものでなければ活かしきれないものですからね」 「何も欲しいとは言っておらぬぞ」 「老君の眼がそう言っておりましたよ。他にも分けてやりたい奴がいると。でもダメですよ。老君だから分けたんですよ。民に分けると知っていたら渡しませんでした。そういう類のものですからね。その娘は玉に相応しいようなので返せとは言いません。私に会えるくらいの運の強さがなければ相応しいとは思えませんのでね」 「供王や劉王みたいにか?」 「ええ。ですが、その運も駮とともに尽きたやもしれませぬ。三百年というキリでもありますし」 「そういうことになるのか?」 「可能性があるというだけです。実際に傾くかどうかは本人次第ですからね」 「その当人たちの隣国についてはどうなのじゃ?仕事熱心だと聞くが?」 「さぁ?民に見つかれば普通の野木ですからね。王気が強い間も妖魔は生まれませんから」 「…ところでここに来る前に玄君に会ってきたのじゃろ?いかがであった?」 「相変わらずのお方ですね。すべてを吐き出すまでは勘弁してもらえなさそうでしたよ」 「すべてを吐き出されたのかの?」 「一応は誤魔化してきましたが。おそらくは誤魔化したことくらい見透かしているのでしょうね」 「『奴』のことかの?」 「ええ、首だけ持って帰りましたからね。玄君も首さえあればあれこれ探れましょうが、私がやった後では何も見出せないでしょう。それくらいのことは玄君もご存知で。焦点は『奴』の意識がどこにあったかでしたね。泰麒を食らった時の意識のありよう、劉麟を襲った時の意識のありよう… どちらも微妙に弄くられていましたね。鍼が打ち込まれていましたよ。かなり古いもので二百年位前ですから、泰麒が蓬莱で酷い穢瘁に侵され、使令を蓬山に預けた際にやられたのではないかと」 「泰麒が穢瘁にやられたときじゃと?あの時は王母が…」 「あくまで可能性です。穢瘁を除くためのものだといわれればその通りかもしれませんので。ただ、この鍼が打ち込まれたせいで周りが正確には把握できなかったかもしれません。黒麒麟の呪が弱まればそれを跳ね返すくらいの力も持っていましたが、そもそも使令となった妖魔が麒麟に逆らうという考えを持つはずがないのです。誰かがそれを植え込まない限りは」 「その鍼の可能性もあると?」 「もちろん可能性ですが。妖魔にとって最高のご馳走は死んだ麒麟です。生きた麒麟など喰らう機会などないですからね。生きた麒麟を喰らう機会を得たものは次々と麒麟を襲ってもおかしくないんです。もはや禁忌がありませんからね。そういった意味では白圭宮から金波宮にも芬華宮にも寄らずに黄海に戻るというのは解せないんです。変ですよね?『奴』の邪魔をする存在など金波宮にも芬華宮にもいませんからね。安心して麒麟を喰らうことができるんです。なのに一年以上も『奴』は姿を現していません。一体どこに雲隠れしたんでしょう?この私に気付かれずにです」 「黄海の中でならかなりの難問だな。崇山や崋山を除けば」 「老君もやはりそう思われますか。まぁ、四門の近辺などは民の気が多いので判別しにくかったりしますがね」 「ある意味糸を引いているものがいてもおかしくないようじゃな。このことは玄君には内緒か?」 「ええ、玄君の耳には入れにくいですからね。直接口にしなくても推測されるでしょうが」 「となると劉麟を襲ったのも…」 「…おそらくは」 「彼らには彼らなりの考えもあろうし、適度に国を傾きさせ続けることなど容易ではなかろう。彼らも苦労しておるの」 「私が結果として邪魔したからですか?」 「それは些事であろうよ。あるいは手順としてお主との関りを斬ったのかも知れぬし… 多少は間を空けるやもしれぬ」 「六国以上に波及しかねないと?」 「そうじゃ。この勢いでは蓬や漣なども危うくなる。六国を越えぬという決まりは守られるのかの」 「この決まりが反故になればすべての国は闇に葬られることになりますよ」 「そうじゃな。彼らがそこまでやる気かどうか、と言う点でしか留めることはできそうもないの」 「…その程度のことなのですか?」 「その程度のことではないとでも思っておったのかの?所詮は彼らの掌の上にすぎぬよ。わしらにできることはない」 「ではここの王が斃れても構わぬと?」 「そうは言っておらぬよ。わしの力を使うことはできぬが、わしの知識の一部を分け与えることはできる。それで回避できぬかと。時間も手間もかかるがそうせざるを得ない。わしはわしとしてはここにはおらぬのでの」 「それだけ面倒なことでも民のために尽力を続けると?」 「まぁ、気紛れのようなものじゃ」 「とてもそうは見えませんが?」 「止むを得まい。他にも何かあるかの?」 「いえ、特には」 「では気をつけて帰るが良かろう」 「では、私はこれで。ろくた、行くよ」 名を呼ばれた赤い獣はもとの大きさになると犬狼真君を乗せて真上に飛んでいき、結界の出口から抜けると恒山を目指した。犬狼真君を見送った太上老君は何事もなかったかのように再び書卓に向かった。晩春の夜の深更の出来事であるが、金波宮のものは誰一人気付かなかった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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