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カテゴリ:想像の小箱(「十二」?)
「沈黙の報酬(その6)」
朱旌の小説は周りの観客たちには受けていたが、供王とその一行だけは硬い表情を崩せなかった。この中で利広が『閭黄』であることを知っていたのは博耀だけで、博耀は話が進むにつれ厭な予感が高まっており、しかもそれが的中してしまうなんて… 舞台の上では花朗こと利広を演じる主役と槙羅らしき漢の剣戟が続いていた。宗麟は弑され、宗王も傷ついた場で、である。決められた殺陣とはいえ右に左に舞うように動く二人の見事さに観客たちはハラハラしつつも喝采の声を上げていた。いつまでも勝負がつかないかと思われたとき、不意に花朗が少し飛び退って間合いを取った。 「やはり腕が良いね。それなら風漢とも互角かも知れないよ」 (ふぅ、思ったよりもやるなこいつ。息が上がって降参なんてカッコ悪いからな。我慢我慢) 「何を言う。この逆賊め。台輔を弑すとは許しがたい悪行。他にもあちこちで火をつけておろう」 「それは天の思し召しさ。この世に黄海があるのはなぜ?そこで暮らす剛氏がいるから昇山もできる。昇山できなきゃ王は立たない。そのために剛氏がいるなら、常にどこかの国が傾いていなきゃダメだ。昇山するためにね」 (そもそも昇山なんてしなくても良きゃいいんだけどさ。必要悪って奴?) 「詭弁はやめろ!」 「詭弁じゃないさ」 (でもどうなのかな?剛氏にしても朱氏にしてもこれを生業にするのがいけないわけじゃない。あの小姐だって王でなければ朱氏になるって言っていたよな。朱旌だってそう悪くはない。範の匠みたいなものだろう?そういうことになれば割旌する必要だってないし。田圃を耕すだけが民の暮らしじゃないのにさ。いろんな暮らし方を認めればそれに適した民がうまれるだろうに。そういうことを王様の一人として実現させたかったけどダメだったなぁ… どこで間違ったんだろう?まぁ、いいか。やっぱり引き際が肝腎だよな) 花朗はニヤリと笑うと己の剣を一閃させ、倒れた。自刎したということだろう。舞台の上で首が飛んだら大変なことになる。演技とはいえ、若い娘が悲鳴を上げたりしている。あちこちで可哀想という声も洩れている。それを耳にした博耀は気が気でない。少なくとも麒麟を弑した逆賊が可哀想なものか、自分の国が滅んでしまうんだぞ、と突っ込んでやりたい気持ちを抑えるので懸命だった。舞台の上では主役が自刎したので終幕に向けて辻褄合わせをしているようだ。ちらりと横を見ると麦玉蘭の握った拳が震えている。その向うにいる秦玉蘭の方は呆気に取られているようだった。すぐ横にいる供王は自分が少し後ろ目にいるために窺い知れない。やがて幕が降り、博耀は漸く息をついた。と、横で大きな笑い声がした。供王である。 「あはははは… 随分なお話ね。麒麟を殺しておいて可哀想?じゃあ、すぐに殺してしまいなさいよ。すぐに国が傾くわ。嵐に見舞われて収獲がなく、妖魔に襲われれ屠られても可哀想だなんていえるのならね。茶番もいいところよ。不快だわ」 「…お嬢様」 「ああ、私はお嬢様だからこんなこと言っちゃいけないのね。でも、恭の民として言わせて貰うなら、麒麟を殺す奴を許す気にはならないわ。理由がどうあれ、麒麟が殺された後どうなったか知ってる?百年以上も麒麟旗が揚らなくて王もいないままなんですってよ。そういうことをお望みの人がいるなんて信じられないわ。いくら顔がよくても頭の中身は空っぽのようね。がっかりだわ」 朱旌の小説は他人事だから面白いのである。もしも自分たちの身の回りのことであったなら憤慨して止まないことだろう。どうせ自分たちとは縁がないから麒麟を殺しても可哀想だという。それがもし自分たちの麒麟でもそういうのかと問われてまともに言い返せるものでもない。供王の周りにいた観客たちは思わず顔を伏せそそくさと帰っていった。観客がいなくなると、供王は博耀に朱旌の責任者を呼んでくるように言った。こうなると逆らえるものではない。小屋主は恐縮している。 「お嬢様、あの何か不手際でも…」 「博耀、私が誰か教えてあげなさい」 「よろしいので?」 「同じことを言わせる気なの?」 「いえ… こちらは恭国供王にあらせられる。先ほど少女が演じていた小姐とはこの人のことだよ」 「え?」 小屋主はあまりのことに目を見開き、慌てて叩頭した。様子を見に来ていた役者たちも慌てて小屋主に合わせて叩頭する。供王は威厳そのもののような言葉を放った。 「『閭黄』も死んで百年余りも経ったからそろそろ『閭黄』ものを解禁しようかとも思っていたけど、まだ許可は出していないわ。今日の出し物は確かに『閭黄』が書いたものではないけど、『閭黄』そのものを描いたものじゃない。あの麒麟殺しよ。そんなものを私が許可するとでも思ったの?麒麟殺しを窘めるならともかく、礼賛するようなあの調子は一体何なの?この小説を書いたのは誰?」 「あ、あの、この場には居りません」 「いない?どこにいるの?」 「さぁ… 小説だけが送られてきて一度試しに演じてみたらと…」 「それは一体誰なの?」 「ただ、『大兄』と言う名で」 「『大兄』?誰それ?」 「最近良く小説を書いてくれる奴でして。才のほうにいるとか…」 「どんな奴か聞いたことはないの?」 「さぁ、何分ものだけが送られてくるもんでして…」 「博耀、聞いたわね。すぐに手配しなさい」 「はい」 「あなたたちは今すぐ出て行けといいたいところだけど、今日は初日よね?」 「は、はい」 「路銀もなきゃ困るでしょうし… そうね、明日からは『赤子登極』でもやりなさい。私が出ないものがいいわね。そして路銀がたまったらとっとと出て行くことね。私の気が変わらないうちに」 「は、はい。有り難き幸せ」 「玉蘭、帰るわよ」 「はい」 二人の玉蘭のどちらとも言えず、あるいは両方ともに言い放つと供王はさっさと小屋を出て行った。 * * * * 供王が霜風宮に戻った時、折悪しく桃香はまだ供麒と話をしていた。桃香の姿を見つけて供王が言った。 「桃香、朱旌の小説の新作、知っていたの?」 「何のことですか?」 「『閭黄』のことよ。『花朗陰陽』だなんて題だったけど、あれは『閭黄』のことを描いたものよ。『閭黄』って利広のことよ」 「…それは一体どういうことですか?」 「朱旌の演じる小説はすべてが真実ってわけじゃないわ。でも、具体的な名前は出ていないけどすべてが合致するのよ。私や頑丘と一緒に昇山したり、延王と傾く国について語ったり、景王の頼みで崑崙に泰麒を探しに行ったり… 全部実際にあったことだわ。そして『閭黄』という小説書きが清漢宮を襲って宗麟を殺し、宗王を傷つけ、そこにいる麦玉蘭の父親の槙羅によって討ち取られたってことも真実だわ。それが利広かどうかって一点を除けばすべて真実よ。嘘をつくには八九割の本当のことを言うのが一番だというから、あれも嘘だったかもしれないけど、ありえないことでしょう?それに私や頑丘が犬狼真君に会ったなんてこと誰が知っているの?」 「それは数年前に噂になりました。劉王君が蓬山にて泰台輔の使令だった妖魔に襲われた時に犬狼真君が助けたそうです。その場に居合わせた剛氏が噂していたそうですが、翌年に黄海に入ったきり出てこないそうです」 「…犬狼真君が怒った?」 「天仙のことは濫りに語ってはならないのでしょうね。その剛氏たちの動静を探る意味もあり、私には知らせが来ましたが、範や芳には知らせていません。ですから、麦玉蘭も知らなかったはずです」 「…槙羅のこともか?」 「はい。楽俊さんが『閭黄』について緘口令を敷きましたので、遣士でも知らぬものもいます。補佐で知るものはいません」 「…博耀もか?」 「恭と柳は別です。卓郎君と関りの深いお二人の周りは特に気を配っておりましたので」 「ふぅん、私は聾桟敷だったのか」 「百年経った今でもこのように動揺なさっていますので。あの当時ではどうなったことか」 「それは楽俊の考えなのか?」 「楽俊さんが考え、景王が認可しました」 「景王はそれに耐えたのか?」 「景王は供王君ほど卓郎君とは親しくありませんでしたので」 「…ものはいいようね。景王には楽俊がいた、私のそばには楽俊がいなかった、その違いね」 「……」 「先ほど博耀に命じてしまったけど、『花朗陰陽』の作者の『大兄』について調べて欲しいわ。才の方にいるとか言っていたわ。なぜあんなに詳しいのか。誰も知らないようなことを知っていたわ。まるで『閭黄』みたい」 「『大兄』ですか… ふざけた名前ですね。『閭黄』よりも手がかりがないですね」 桃香は供王に向かってはそういったが、一人だけ『大兄』と言う名に相応しいものを知っていた。確か奏にいるはずだ。奏ならば確かに『才の方』には違いない。後で博耀から『花朗陰陽』について詳しく聞かなければ、と考えていた。顔には出さずに話題を変えた。 「ところで範についてはどうするおつもりで?」 「厭な人ね。あれこれ考えられない時を狙っているんじゃないの?」 「いえいえ、とんでもないことを知らされた秦侍郎のことが気になりまして」 「そうね、こちらから出向くのはできないけど、教えを請いに来るなら拒まないわね。ただし、荒民の負担が増えるのはごめんだわ。その辺りのことを考えてきているのでしょう?」 「あ、はい。今年の収獲の低迷は漣からの穀物輸入でどうにか賄っており、来年天候が落ち着けば荒民もあまり出ないと思われます。もちろん、天候のことはどうなるかわかりませんが、南部諸州での妖魔の被害を減らすのが急務であり、北部はまださほどでも。南部の被害を減らすのは才との関係改善も睨んでのことですので」 「奏に逃げ込もうにも才でいろいろあるようね」 「はい。漣にはできれば没庫まで船をやってくれるよう要請しています。坤海門が通れそうですのでそちらも考えております」 「それよりも近い恭は考えていないの?」 「考えています。が、奏は復興途上で民が足りなく、田圃が余っているらしいので」 「それに恭よりも温暖で収獲も多いそうだしね」 「…そのようですね」 「変に媚びないのが良いわね。いいわ。こちらによこせばいくらでも教授してあげる。その時一緒に匠もよこしてね。連檣に残る残らないは別にして、イロイロ授けてくれれば良いわ。お互い様の方が良いでしょう?」 「はい」 「話が速い人は好きよ。桃香、あのことはよろしくね。玉蘭は手強くなりそうね。ほどほどにね」 「はい」 悪戯っぽい瞳で応えた秦玉蘭に供王も笑って応えた。しかし、その心の底には暗く重いものが残った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年05月06日 12時42分10秒
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