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 NOB1960@ Re[1]:無理矢理持ち上げた結果が…(^^ゞ(10/11) Dr. Sさんへ どもども(^^ゞ パフォーマン…

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2006年05月12日
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「幕間狂言(その4)」

赤海に面した港街・交州に宗王・秀絡の実家の『櫨家飯店』という舎館がある。践祚前の前宗王が営んでいた舎館を譲り受けたのが初代家公の趙某で、現在の家公は五代目で少姐と言うまだ二十一の娘である。四代目の家公の父親・大河と母親が雁で客死し、数日前に旅旌が戻ってきて以来喪に服し、舎館は休んでいたが、明日から舎館も再開する。親子間の相続は認められていないが、殆んど生前に給金代わりに相続させてしまう。少姐の場合も阿岸にいた頃から徐々に進め、この春に完全に名義を換え、『お前の名義になっているから潰しても構わない』と言われたので渋々帰ってきた。帰ってきてみると、大河は雁に渡る準備をしており、交州の舎館のことなどまるで頭にないかのようだった。半年ほどで要領を覚えて切り盛りできるようになったころ、少姐は大河に告げられた。

「少姐、二十歳を越えて何か違ってきていないか?」
「…父さん、何が言いたいの?」
「私も二十歳になった時に教えてもらったが、正直戸惑った。自覚もあったから受け入れられたが。少姐、自覚はあるだろう?」
「…父さん、自覚って、自分が変だって感じること?」
「どう変なのだ?」
「…上手く言えないけど、何か、もう一人の自分が頭の中にいるような… いつもなら思いもしないようなことを思ったり、考えもしないようなことを考えたり… いつの間にか全然違う場所にいたりとか… 自分が自分じゃないような…」
「ふむ、ならば良いだろう。少姐、お前は私の正当な後継者だ。今後は私の代わりを務めるが良い」
「…父さん、どういうことなの?私が私じゃないのがどうして良いことになるの?」
「私もそうだが、私の中にもう一人『誰か』が棲んでいるのだ。それは二十歳を過ぎるまでは表に出てこない。心身ともに十分に育ってからそれは表に出てくる。私の父親もそうだった。祖父母さんたちもそうだったかもしれない。父親は私にその兆しが出ると家督を私に譲る準備をし、すべてを整えて消えた。死んではいないが、死んだことにした。私もそうするつもりだ」
「…父さんも死んだことにするの?」
「そうだ。舎館の家公というのはイロイロ便利な分、不都合もあるものだ。出来るだけ普通にみせているが、これ以上は難しい」
「父さんが普通の人よりも若々しいってこと?まるで仙みたいだって…」
「それは間違いじゃない。殆んど仙みたいなものだ。私はもう五十だが、知らぬものには四十前でも通る。祖母さんが死ぬ前に余計ないことを言い残してしまったからなおさらだ。迷惑な話だ」
「…私もそうなるというの?仙じゃないのに仙みたいになるって?」
「そうだ。その兆しが自分以外のものが自分の中にいると感じることだ。それは何でも知っている。知らぬことなどないが、加減というものを知らない。無論、逆らうことなど許さない。従うしかないが、折り合いはつけられる。私は頭が切れる方ではないので従うしかなかったが、もう少し上手くやれただろうと思う。経験を積んだからだろうが、少姐だったらあれの意見を入れつつ、よいようにできるだろう」
「父さんは今ならできるの?」
「それに近いことは出来る気がする。が、それが果たして自分の意思かといえば疑わしいがな。長く付き合っているとわからなくなる。どこまでが本当の自分なのか、と言うことが。だからといって不便でもない。何も支障はない」
「自分が自分でないことが支障ないですって?どうしたらそんな風に考えられるの?」
「自分が自分でないからといって拙いことでもあるのか?少なくとも個人的なことに関しては口出ししないから影響はない。『何をすべきか』と言うことしか語らない。一族を率いていくのに必要なことだ」
「一族?」
「黄朱の民とも違う、売旌の民とでも言えばいいのかな?浮民や荒民が家生になる時に割旌させられていたが、延王の晩年に割旌が禁止され、旌を割らずに、質にとるようになった。界身に旌を預ければ仕事と寝床が与えられる。年季が明ければ旌を買い戻すこともできるが、殆んど無理だ。値段が折り合わない。十年で旌は質流れする。その流れた旌を買い集めるものもいる。旌があれば給田を受けられるからな。少姐、お前も売っただろう?」
「数えで二十歳になる時に学資に充てる為に給田は売ったけど… それが旌なの?」
「給田を売り、商売を始め、新たに旌を受ける場合は朱旌になる。だから、我らも朱旌の仲間だが、区別されている。商売のために旌を売り、新たに旌を受ける場合には藍旌となった。給田は受けられぬが、租税負担はある。これは他国で荒民に出されたものと同じで田圃の所有はできない。耕作権の譲渡はできたようだがな。この藍旌なら多少小金を持ったものなら買うこともできる。海を渡る路銀に窮した荒民は旌を売る。旌を手放したくないものは子を売る。私の父も母もそうした子どもだったと聞く。祖父母さんたちも皆そうだったらしい。『櫨家飯店』の裏は旌の取引だ。無論民も売買される。初代以降こうした民を育て上げるのが一つの仕事だった。転売目的ではなく、ひとり立ちさせるために旌の売買も行ったのだという。王がいて、暮らしが安定していれば無用のことだ。王が不在で国が傾いている時にはどうしても必要になる」
「では、この奏ではもう無用に?」
「いや、この仕事は永遠になくならぬ。なくなったら困るのは民だからな」
「それはどういうことなの?」
「少姐は『閭黄』という名を聞いたことがあるか?」
「ええ、宗台輔を弑した逆賊でしょ?それまでは朱旌の小説を書いていたとか。あちこちで上演禁止みたいだけど」
「『閭黄』の正体については知らぬようだな」
「正体も何も黄朱の民なんでしょ?」
「『閭黄』は黄朱の民などではない。前の宗王の公子、卓郎君利広がその人なのだ」
「え?卓郎君が?嘘でしょ?だって公子が台輔の首を刎ねたり…」
「私も祖父母さんたちから聞かされたときは耳を疑った。が、信じられない、信じたくない、という気持ちを抑えて見てみると、卓郎君が『閭黄』であれば平仄が合う。櫨家の利広、広だから『閭黄』というのは卓郎君を指し、各国の王朝に通じた小説を書けたのも七百年もの治世を誇った王室の一人だからできたのだろう。この小説に通底するのは常になぜ黄朱の民がいるのかという疑問であり、その疑問が解けたからこそ台輔を害されたのだ。常にどこかの国が傾き、浮民や荒民が生まれ続けないとこの世界は保たれない。なのに一国だけがその恩恵に浴するばかりで責務を果たさないでよいはずがない、ということだったらしい。奏の民は己のなすべきことをなした」
「…それが王のいない時代、苦しみに喘いだ人たちへの答だというの?」
「そうだ。では、王が斃れ、麒麟旗が揚った時、黄海を渡って蓬山に向かうが、それを剛氏の援けもなくできるか?」
「それは無理だわ。黄海は人外の地。黄海に通暁した剛氏の援けなしに黄海を進むことなどできないわ」
「その剛氏の生まれはどこだ?」
「ああ、彼らは浮民や荒民の子が集められて剛氏に育てられたのよね。祖父母さんたちも剛氏になっていたかもしれない…」
「黄海には里木など無いと言われている。だから、剛氏や朱氏がいなくならないためには浮民や荒民がいないと困る。浮民や荒民がいるというのはどこかの国が傾いている証拠だ。どこかの国が傾いていなければ、誰も蓬山に行けなくなる」
「そんな…」
「奏はその責務を七百年も果たしていなかった。こないだ斃れた雁も七百年、範は五百年か?それだけ他国の犠牲の上にいたのだ。まぁ、卓郎君は王室の一人だったが、王そのものとは異質だった。自国の民さえ良ければいいというものではなかった。だから、己の責務を果たさないといけないと思い、台輔の首を刎ねた。延王や氾王は己の民のことをまず第一に考えるから、他国の民が苦しもうと精々が心の中で手を合わせるくらいで、己の民をその責務に駆り立てることはしなかっただろう。だから、延王や氾王自身に落ち度がなかったにも拘らず雁も範も斃れた。それを策謀というものもいるが、これは天意なのだ」
「天意?天が民のために善政を行っている王を斃れさせたというの?」
「天は一国のことだけを見ているのではなく、全体の均衡も見ている。著しい格差が生じ、均衡が崩れたりせぬように時折我ら一族を使う。我ら一族は天のために己の命を捨てて使命を果たす。卓郎君も使命を果たしたに過ぎぬ」
「では、平穏な国に不穏な状況を作り出すのが一族の使命だと?」
「そのようにいうこともできる。その時の民は不運かも知れぬが、民にはなさねばならぬことがある。それをさせるまでのこと。だが、それを邪魔するものもいる」
「邪魔ですか?」
「我ら一族がしていることを天意であると明かすことはできぬ。従って、無知蒙昧な輩は我ら一族の邪魔をする。慶の遣士連中やそれを作った高王などだな。彼奴らはこの世を平穏に保つべく行動するのが筋違いだと気付いておらぬ。単に目の前の民が苦しまぬようにするだけが正しいと思い込んでいる。先々のことまで頭が回っていないのだ。十二の国すべてに王と麒麟がいて、永遠に善政を行えるならいいだろう。が、善政を行っていたものも急に悪政を行うようになる。民を虐げるならばこの王を退けなければならぬ。では、退けた後に新しい王はどうやって選ぶのか?黄海を渡る術は失われ、誰一人として蓬山に行けなかったならどうなる。彼奴らのやっていることはそういう結果を招くのだが、彼奴らはそれに気付いていない」
「そうなったなら皆で助け合って…」
「甘い。昇山とは王の器量があるかどうかを見極めるものだ。鳳雛がいれば昇山は楽になるというが、敢えて試練を課すこともある。『小姐昇山』などはいい例だろう。あるいは見込みのなさそうなものを王に選ばせて、すぐに斃れさすこともある。飄風と呼ばれるのはこういう王だな。もちろん評判倒れというものもいるし、思わぬ成果を発揮するものも出たりする。仮に王師や州師に守られて昇山したとしても天はこれを認めぬだろうよ」
「王師や州師を動員するのは器量とは見られないと?」
「一度そういう例ができればみなそれに倣う。そうなれば意味はあるまい。敢えて火中の栗を拾いに行くくらいでないとな。己の命を賭せぬものに一国が統べられると思うか?」
「…女王の多くは昇山していないのでは?」
「供王は昇山した。景王は『赤子登極』にあるように昇山に相応しいことをしている。廉王と駿王はしていないな。逆に男王は劉王は元が黄朱の民、峯王は形ばかりの昇山、高王と宗王は昇山していない。昇山していないほうが多いな」
「けれども高王は名君でしょ?宗王は、秀絡叔父は身贔屓かもしれないけど、高王に次ぐと」
「前の宗王も延王も昇山はしていない。が、昇山に見合うだけのことはしている。高王もそうだが、秀絡は… 周りのものに恵まれているのだろう」
「秀絡叔父はこれを知っているの?」
「いや、知らないだろう。『あの声』が聞こえるのは兄妹のうち私だけのようだ。おそらく英輝や彩夏には聞こえぬだろう。一子相伝なのかも知れぬ。『大兄』は一人いればいいからな」
「『大兄』?」
「我ら一族を率いるものの呼び名だ。今日までは私が『大兄』で、明日からは少姐が『大兄』になる」
「私が『大兄』に?どうしてです。何をしていいのかすら知らないのに」
「すべては『あの声』が導いてくれる。思い悩むことはない」
「で、でも… 私は奏の民を苦しめるなんて…」
「先に希望のある苦しみに沈ませなければ、いつしか先に希望のない苦しみに沈むことになる。それでいいのか?」
「……」
「すべては民が等しく喜びと苦しみを分かち合うためなのだ。私はもう少ししたら消えることになる。これも勤めだ」
「死ぬわけではないんでしょう?」
「だと思うが。やることが残っていれば生き続けるし、なければそれまでかな」
「父さん!」

大河はニコリと笑うと少姐の頭を撫でてやった。それからしばらくして大河は細君と一緒に雁に向かい、帰らぬ人となった。大河の安否について少姐の中の『もう一人』はまだ何も告げていない。





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最終更新日  2006年05月12日 12時38分19秒
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