芥川龍之介『戯作三昧・一塊の土』
~新潮文庫、1993年~
大正6年~15年に発表された13編の短編が収録された、バラエティに富んだ短編集です。
「或日の大石内蔵助」タイトルどおり、ある日の大石内蔵助の心情をつづる短編。
「戯作三昧」『南総里見八犬伝』の執筆を中断していた滝沢馬琴のある日をつづります。朝風呂で出会った、自分の作品をほめる人やけなす人、執筆の催告に来た版元の言葉、そしてお孫さんの言葉と、それぞれへの彼の思いや態度が生き生きと語られます。こちらは好みの作品でした。
「開化の殺人」本多子爵夫婦に届いた、過去の殺人を告白する遺書を紹介する形式の作品。遺書は文語体ですが、内容は面白く、こちらも興味深く読みました。
「枯野抄」松尾芭蕉の臨終に立ち会った弟子たちを描く作品。
「開化の良人」さきほどの「開化の殺人」と同じく、「開化もの」の一作。本多子爵が、美術館で出会った男に、過去に会ったある人物の話を聞かせます。愛のない結婚はしたくない―そういっていた男が、とつぜんの結婚をします。しばらくは幸せそうな男ですが、次第に陰鬱な様子を見せ始めます。
「舞踏会」同じく「開化もの」の一作。ある婦人が舞踏会で出会ったフランス人男性の正体とは。
「秋」従兄弟をともに愛していた姉妹でしたが、姉は妹の思いをくみ、別の男性と結婚します。作家を目指していた姉ですが、結婚してから、夫の様子がかわっていき…。そんな姉が、従兄弟と結婚した妹の家を訪ねます。
背表紙によれば「本格的な写実小説」とありますが、個人的には過去の時代(作品)をモチーフにした作品よりも読みやすく、本書の中でも印象深く読んだ作品の一つです。
「庭」落ちぶれた旧家の庭をめぐる物語です。こちらも「秋」同様に写実小説に入るのでしょうが、ややとっつきにくかったです。
「お富の貞操」拳銃を持つ乞食が雨宿りしていた小屋に、猫を探して戻ってきたお富さんですが、乞食と言い争いになってしまいます。…そして、その後日譚、という物語ですが、こちらも面白かったです。
「雛」落ちぶれてしまった家族が、貴重な雛人形を外国人に売ることになってしまいます。主人公の女性は、雛人形が家を離れる前にどうしてももう一度見たいと思いますが、前金をもらった父は決して見せてくれません。そして、ついに売り払う日の前夜、彼女は不思議な光景を見ることになります。
こちらも面白かったです。主人公とよく言い争う兄がいますが、彼は彼なりに妹を思っている様子であるとか、父の思いとか、興味深く読みました。
「あばばばば」マッチやココアなどいろいろ売っている店で、ある日から、はにかみ屋の若い女性が店番をするようになっていた。彼女を困らせようとしてしまう主人公ですが、またある日から女性は姿を見せなくなります。そして後日、再開した彼女は…というお話。
タイトルが斬新で読む前から気になっていた作品でしたが、なるほど、こういう意味だったか、と納得でした。個人的にはあまり良い読後感ではなかったです。
「一塊の土」夫を亡くした後、再婚せず、姑と息子のために畑仕事に精を出し、村の人々から尊敬を集めた女性の話。…というのが一面ですが、本作は姑の目から語られます。それによれば、村で尊敬を集める嫁の仕事ぶりは、最初はありがたく思えましたが、やがて自分が決して楽にはならないことに気づき始める、という物語です。
「年末の一日」タイトルどおり、ある年末の一日をつづる作品です。
と、バラエティ豊かな作品集となっています。紹介は短めにしましたが、「お富の貞操」が特に印象的でした。その他繰り返しになりますが、「戯作三昧」「開化の殺人」「秋」などなど、楽しめた作品が多かったです。
(2021.04.18読了)
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