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プリティかつ怠惰に生きる

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May 29, 2007
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カテゴリ:創作



 感じるのは、人間の悲鳴とかすかな血の臭い。彼は、それが当然のように目を開けた。
 記憶など無い。心など無い。ただ一つ、肉体だけを持った悪夢。「人殺し」という言葉しか、当てはまらないような暗黒。
 それが、彼だった。


              The End of Splatter Boy



 暗闇の中で、覚醒した。
 まとわりつく重さと揺らぐ視界で、ここが水中なのだと気がついた。視点を上げると、丸く漂う淡い光が見える。月だ。つまり、水面だ。不快感を取り払う一心で、光に向かってもがくように泳ぐ。
 空気の冷たさを感じ、周りを確認する。陸はそれほど遠くない。少し泳げば、すぐにたどり着くだろう。ここは、沼か? いや、湖だ。私は湖に沈んでいたのだ。

「先に行くわよ」
「おーい、待ってよー」

 若い男女の声がした。楽しげに笑いあう、わずらわしい声が。
シ  ヲ
 私の頭を、ある言葉が埋め尽くす。冷たい手足に、活力が沸いてくる。
       リ  フ  ジ  ン  ナ  ル  シ  ヲ
 そうだ。死だ。私は、彼らに死を与えなくてはならない。苦痛と嘆きと悲しみを伴う、深い絶望を与えなければならない。
 私は、そのために生まれたのだ。




「気持ち良いわ! 早く来なさいよ!」
 お酒が入っているせいか、服を脱ぐのももたついている彼を、私は天使のような笑顔で呼ぶ。彼には差し詰め、美しい人魚のように見えているだろう。親のすねかじりが大好きな坊や。いいカモだわ。
 はにかんだような笑顔を返す彼。もう、私の虜みたい。自然といやらしい笑顔がもれそうになり、あわてて気を引き締めた。その程度で彼の気持ちは揺るがないだろうが、用心しておいて損はない。
 せいぜい尻尾を振ってちょうだい。このキャンプ場のコテージを一つ、息子にプレゼントしてくれるお父さんなんだもの。息子の恋人にはどんなものをくれるのか、考えただけでも楽しみだわ。
 頭の中で貢物リストを描いている私の足に、何かが触れた。




 細い足首を掴み、一気に引きずり込む。何が起こったのかわからないのであろう、じたばたと水面を目指しもがく女の太ももに、湖底で拾った釘を刺した。
 ぼこぼこと泡の出る音と共に、甲高い叫び声が混じる。太ももから鮮血が糸のように流れ出た頃、ようやく足を掴まれていることに気がついたのか、女は私を見た。瞬間、痛みに苦しむ顔は恐怖の表情に変わる。叫び声がさらに酷くなり、静粛であった水中は、キンキンと耳鳴りのする騒々しい空間に変貌した。
 首を掴み、顔が良く見えるよう引っ張る。女は既に白目を剥き、ひたすらに手足をもがいている。私はもう片方の手を頭にやり、首を握る手に力を込めた。
木の枝をへし折るような、心地よい振動が水を通して伝わった。女は目を見開き、そのまま動きを止める。鼻から細く血が流れ出し、ゆらりゆらりと揺れながら、水の流れのままに遠ざかっていった。
 水面に顔を出す。辺りにはもう誰もいない。どうやら、男は逃げてしまったようだ。まあ、いい。姿は見られていないはずだ。チャンスはいくらでもある。私は、ゆっくりと岸へ向かって泳ぎだした。







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Last updated  May 30, 2007 12:54:58 AM
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