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プリティかつ怠惰に生きる

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Jun 29, 2008
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カテゴリ:創作
「んじゃ、すぐ戻るからちょっと待ってて」
 ガタンゴトンと騒音が耳障りな高架下、トイレに向かう彼の後姿に、急がなくていいよと一声かけて見送り、ふと息をついた。
 急がなくていいよと言ったものの、正直こういう待ち時間は嫌いだ。立ち呆けて待つには長すぎるし、本を広げるには短すぎる。かといって、ものがトイレだから我慢させるわけにもいかないし、急がせて早く終わるものでもない。結局のところ、何もしないには長すぎる時間を、ただぼうっと待つしかないのである。最近、忙しくて仕方ないボクには全く持って苦痛な時間だ。今日も早く帰ってレポートをやらないといけないし、それが終わったらテスト勉強。明日の昼休みは飯も食わずに部活の会計処理と七夕祭りの準備だ。憂鬱な気分が胃を刺激して、軽い痛みがキリキリ唸る。
 かといって、トイレごときせいぜい2~3分。よくよく考えれば目くじらを立てるほどの時間ではないことも分かってはいる。分かってはいるが、やることの無い時間が不安で仕方ない自分もいる。こんなにも余裕がなくなっているとは、我ながら情けない。またため息が一つ。幸せが逃げるなんて知ったことではない。石段にどすんと腰を下ろす。目の前には寂れたクリーニング屋。右も左も道路が続くだけ。頭上からはまた騒音が降り注ぐ。さっき通ったばかりだろ電車。こんな田舎でそんなに忙しなく動いても仕方あるまいに。
 騒音が遠ざかり、プラシーボ効果の余韻が耳に安らぎを与えるころ、ガタゴトのさらに頭上から、チチチ……と、アフリカ部族の打楽器のように独特な鳴き声がした。見上げると、スズメが三羽、羽を広げて滑空していた。梅雨明けの空にはバカみたいに大きな雲が、気持ちの良い風を受けてゆったりと流れている。お天道様のやわらかいオレンジ色に照らされた空をキャンパスに、白いわたあめは何者も意に介さないように、クリーニング屋の向こうに姿を隠していく。それを追っかけて、
 チンチン……と、自転車のベルがアスファルトの突起に反応する音が聞こえる。右を向くと、メガネをかけた中学生と目が合った。なにやら怪訝そうな顔をしていたその子は、すぐに前を向き通り過ぎる。遠ざかる背中は心なし急いでいるように見えた。コロコロコロ……とクリーニング屋の前には、ショッピングカートを支え代わりに頼りなく歩くおばあさん。ひび割れた壁は、高架の影と太陽の光で、地平線のようにまっすぐな陰影を造っている。この絵に題をつけるなら、ボクのセンスだと「二色」だな。カツカツカツ……、と歩調の早いOLは、帰る時間にはまだ早すぎるのではないかと妙な不安感をあおる。彼女が歩いてきた道の向こうには、どこまでも続く道路と、どこまでも続く夕焼け空。点々とアクセントをつける、少し染まった白い雲。「二色」を作り続ける建物達。
 ああ。
「悪い悪い。お待たせ」
 んじゃいくか、と一言交わして腰を上げる。彼と話しながら帰る道のりには、もうどこまでも続く空なんてない。誰かと歩く道のりで、気づくことなんてできない。
 あれは、ボク一人に神様がくれた、180秒間の幸せ。





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Last updated  Jun 29, 2008 09:24:29 PM
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