抗癌剤
こうなると、一刻の猶予もならない。強めの抗癌剤を注射してもらうことになった。院長先生が注射の準備をする。若い女の先生は、にゃあ君の足を押さえる役だ。注射はにゃあ君の足の血管にするという。怯えているにゃあ君を診察台の上で横にするのは難しい。私がにゃあ君を抱いて、向きを変えることになった。台の上で縮こまっているにゃあ君に声を掛ける。
「にゃあ君、今から薬を打ちますよ。何の心配もいらないからね。」
院長先生に指示を仰ぐ。診察台の端で四つん這いになっているにゃあ君のお腹に左手を差し入れ右手でお尻を支え、くるりと向きを変え抱き上げる。にゃあ君は抱っこされた状態で足を上に向けている。にゃあ君は不安げな顔で私を見つめている。
「にゃあ君、大丈夫。ここにいるからね。」
院長先生が注射器を手にする。緊張が走る。女の先生が、にゃあ君が動かないように足を持つ。にゃあ君の目が掴まれた足元へと動く。
「にゃあ君、そっちを見ないでママを見てごらん。」
にゃあ君と見つめ合う数秒間。何事もなく、注射は終わった。
翌日はあまり元気がなかった。薬の副作用なのか体調そのものが悪いのか、とにかく元気がなかった。しかし、その次の日になると、だいぶ食欲も出てきた。久々に、にゃあ君の「ふにゅう」という鳴き声を耳にした。それまで苦しさから体を伸ばしてばかりだったにゃあ君が、丸まって寝ていた。
それから数日、にゃあ君は元気に見えた。もちろん復調とまではいかないが、お腹を見せて「遊んで」のポーズをとったり、私の差し出した手にカプッと軽く歯を当てたり、外にも出たがってカーテンの前でお座りもした。この調子ならば、あと数か月はもつのではないかと希望を持ち始めた。