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カテゴリ:今日の一言
相手のことを 思いやるこころ
人間が 活きていく上で これこそすべて!
そんなふうに 思っています
言葉にするのは 簡単です
それでも きっと難しいんでしょうね
そうでなければ このような世の中には
きっと ならないでしょう
何を例にとっても いいのですが
代表的なもので 『暴力』もそうですね
それは 『身体と心』の両方に 対してです
私は『身体や心』へ受ける暴力に関し 両方の経験を持っています
特に 自分に受けたほうの暴力は
仲間だと思っていた人たちからの リンチです
そうですね・・ 5、6人はいましたかね・・
それは 今から随分と昔 中学生の頃です
私はここで 過去の思い出話を
だらだらとするつもりなど 毛頭ないのです
昨今 世間に流れるニュースの中で
本当に 耳を疑うような 凶悪な殺人事件があります
前述した リンチにしても
死ぬまでやるのです・・
おそらく その被害者は 本氣で命乞いをしたことでしょう
それでも 容赦なく 殴る蹴る 凶器を使う
そう 人を人と思わぬ 残虐な手口で
その行為はおこなわれるのです
人間が 人間として 活きていく以上
『他人の痛みを知る』という部分を
決して 忘れてはいけないと 思うのです
私が 受けたリンチの経験は
身体が痛みを忘れても 心がその痛みを覚えています
それに そんな中でも
昔は 手加減というものが多少ありました
とは言っても 皆さんの想像を絶する世界ですが・・
よく昔 『半殺しにしてやる』 という言葉がありました
そうです 殺しはしないのです
『このへんで勘弁してやる』という『情』が そこにはあるのです
話は変りますが 『体罰』 という言葉を一つとってもそうです
マスコミや教育関係者 被害者を名乗る親
そのような方々の 批判をするつもりは ありません
ちなみに・・
私は 中学の時 先生からの平手打ちなどは 何度もありました
その度に いちいち 親なども出てきません
この曲を聴くこともだいぶ少なくなりましたが・・ 毎年 卒業シーズンに『仰げば尊し』を聞くと
中学時代の恩師を思い出します
私を殴った その先生のことを 今でも尊敬しています
私を 涙ながらに 本氣で叱ってくれたのです
『愛情』がそこには あったのです
先生はきっと 私なんかより もっともっと『心が痛かった』でしょう
それが 感じられたのです!
そうです 人間には 『情』というものがあるのです
いや あるはず なのです!
『人の痛みを知る心』
まさに これも同様です
ネットで 不特定多数の人間が
面白おかしく 個人に対し 誹謗中傷するなどは
人間として 最低の行為と 知るべきなのです
以前の私であれば・・
『おーコラッ!かかってこんかい!』って感じでしたが・・
今は・・
そのような方々へ 『哀れみの思い』になります
誰も 自分のことを知らないだろう
どうせ 見えないし わからないだろう
それは 甘いですよ・・
天が 必ず 見てますから
相手にしたことは
善いことであれ 悪いことであれ 何であれ
必ずや 自分自身に返ってきますよ
自分の代で 返ってこなくても
大切な 家族や 子や孫に 返ってくるかも知れません
それでも 『自分自身でなければいいや』 なのでしょうか?
それから 今 いろんなことで 『嫌な思い』をされている方・・
嘆き悲しんだり その相手の批判などせず
もっともっと 沢山の方々へ 『愛情』を注いであげましょう
自分がやられたから 仕返しをしてやるじゃ いっしょなのです
同じことの繰返しなのです
『人の痛みを知る』ということは
その痛みを知っている人なら なお更のことです
人間どうしが 活きていける 世の中にしましょう
人間どうしが 明るく 楽しく 喜びあえる
そんな 世の中にしていきましょう
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最終更新日
2024.09.02 03:59:12
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