活字と植物メンテ、クラシックの日々

　昼下がりの学食。お昼のピークを過ぎて、人がまばらになった頃である。サークルの雑用に時間がかかった私は、Ｒ子と一緒にやってきた。
「何にするの？」
　おなかもピークを過ぎてしまったらしく、それほどすいているという感じがなかった。決めかねていたＲ子はトレイを持って走り出し、私もその後ろをついていくと、新製品のサンプルを出しているラーメンコーナーにたどり着いた。
「みそバターコーン、まだ試してないんだ」
　Ｒ子は新製品に決めた。私も同じラーメンで手を打った。
　数分でラーメンが出てきて、会計を済ませ、いそいそと割り箸を取り、席について食べ始めた。少し麺が伸びた感じがあったが、食べているうちにそれほど気にならなくなった。いつの間にか、どんぶりからただよってくるラーメンの香りに夢中になっていったのである。
「なんかへん」
　いきなりＲ子は顔をしかめ、口を細かく動かし始めた。唇から血がにじんできた。思いかねて、Ｒ子は口を開けた。舌の上に細かくきざまれた麺と一緒に、どす黒く光る小さな物体があった。血が一滴、どんぶりにしたたり落ちた。
　その物体は、ホッチキスの芯の固まりだった。
「うぅ、部長のばかやろ～！」
　Ｒ子は口からその金属片を取り、血が出ている口元をそのままに、泣き始めた。
「大丈夫？　ホッチキスなんか食べて、どうしたの！　早く医務室に行かないと」
「違う、これ、歯が取れたんだってば…」
と、目からは涙を流し、しかも、口をぬぐったために、顔面血だらけになっていった。周りはＲ子の方をジロジロと見始めた。私は慌ててＲ子の肩を抱いた。
「悔しい…ねぇ、ほんとに」
「うん、しゃべらなくていいから、ね、ちょっと顔を洗って来ようよ。真っ赤になっちゃったよ」
「歯医者に行く」
「そうそう。今日はもう、帰った方がいいね」
　私はＲ子を連れ、学食のテーブルから離れていった。

　Ｒ子の奥歯の銀色の冠が取れてしまったのは、悔しさのあまり、Ｒ子が奥歯をかみしめ続けたからだった。　　　　
　私たちはサークルは硬式テニス部だ。地区の中ではけっこう強く、年に数回おこなわれる大会には必ず出場していた。しかし、今年は出場取り消し。そして、しばらく活動休止へと追い込まれた。
　原因は部長だ。
“スカウト”と称して、毎年わが部の部長は市内の高校のテニス部を視察する。今年の部長はＲ子の彼氏だった。昔からテニスしか知らない。悪い言葉で言えば「世間を知らない」。素直な性格の彼氏だった。
　１０年に１人いるかいないかの逸材…。ある日、部長はひとりの女子高生を見つけた。メディアではけっこう有名な、スポーツ万能な女の子だった。しかし、みんなの想像以上に頭が良かった。
　彼女は素朴なひとりの大学生を、自分のゲームの玩具にした。
「君のような選手はこれまで知らない。ぜひ、うちの大学に。そしてうちの硬式テニス部に」
と頭を下げる部長に、
「こうしてくれなきゃ、私は入学しない」
と彼女は部長を誘い、部活の後、夜の街をあちこち連れまわし、自分の友達へ紹介した。
　部長は彼女たちの思い通りになり、結局、“未成年者～”という罠にはまり、部長は逮捕されてしまった。
　この１年ほどの間に、部長は彼女におぼれてしまった。気が強いと言われているＲ子は、人のいない所でさんざん泣いてきた。たしかに部長は悪い。しかし、警察ざたにまでエスカレートさせてしまった女子高生の彼女はもっと悪い。

　来春、あの女子高生は隣の大学に推薦入学が決まったらしい。あちらの大学の硬テもかなり強い。
「よし、同好会、作ろうよ。半年すれば部活動に昇格できるじゃない！　そうしよう」
　Ｒ子を支えながら、私は歩いた。

　あの女子高生を、私たちの手でどうにかしなければ。