可愛いに間に合わない(ファッションと猫と通販な日々)

↓前回♪
第百二十九段～王と王子～

★☆★☆
第百三十段

ロバートはじっと

ホワイトが言った宮廷の『然るべき関係者』からの連絡を

息をひそめるようにして待っていた。

死人のようにただただじっと。

いったい何者からの連絡なのか知らされていなかったから。

どの程度の心構えをすれば良いのか見当もつかなかったので

そのことが彼の深い部分を消耗させていた。


ロバートは小心者ではないが、

近頃はかなり用心深くなっている。

シーディの件ももちろんあるし

別にも憂鬱になる原因があった。

十日ほど前、

ペンタゴンからの刺客が火星に送り込まれているとの

匿名の情報が入ったのだ。

ガセという可能性もあったが

一応情報に従って、大使館内や私邸内の奉公人を探ったところ

新規に雇った料理人が怪しいということになり

拘留し尋問にかけたところで、彼等は死亡した。

自殺かもしれないし、拷問のせいかもしれなかった。

だが係官は何故か『原因不明死』と言った。

拷問の有無についても『無かったと報告を受けている』

と言い、死因の詳しくは『究明中』とだけ述べた。

まるでやつらはロボットだ。お話しにならない。

ここはこんな連中ばかりだ。

したがってそれ以上の情報を何も得ることは出来なかった。

案外本当にガセで、

死んだ料理人たちは本物の料理人に過ぎなかったのかも

知れないとも思えた。


しかし次に刺客の情報を知らせて来たのは思いもかけず

中央政府の要人だった。

友人かと問われれば、そうとも言える。

セイレーン・ヒューズ。

過去の女だ。

が、世の中で一番信頼できる。


昔、血を吐くような苦しい恋をした。

若いころの恋だ。

当時すでに親同士が決めたロザリンドと婚約中で

相手の生命に関わる事態にもなり

生木が裂かれるような別離。

セイレーンは誰もが目を見張るほどの美人であり

頭が良く、将来を嘱望される優秀な新人官吏であるという他は

出自は平凡で

有力な後見人が居るわけでもない、

スティール家の後継者の妻には確かに相応しくない。

スティール家のためにというよりは、

彼女のためにも別れるべきだった。

彼女の誇りを大切にしたかった。

したがって、側室に、との友人たちのアドバイスは論外。

今もその頃のことを思い出すと、

胸の痛みが当時のまま生々しく甦る。

出口はどこにもなく、絶望の内に精神の城に引き籠った。



セイレーンのほうはその後すこぶる順調で

バイセクシャルの彼女は現在は同性と婚姻関係にあり

重職にも着いて幸せに暮らしている。

その過去の女がなんの気の迷いか連絡して来た。

『あなたとは嫌いで別れた訳じゃない。死んでほしくはないわ』

と言った。

その率直さ、その声、その口調を聞いた時、

彼女になぜあんなにも夢中になったのかを

ロバートははっきりと思い出すことができた。

そして自分があれからずっと孤独で不幸だったことを思い知った。

セイレーンには少なくともハートというものがあった。

彼女と別れてからは、ロバートには縁のないしろものだ。

もしドールの基本機能の優しさや素直をハートと呼べるならば、

シーディを入手するまでは断言してもいい、

自分は疎外感の大海原をただ虚ろに彷徨うボロ船に過ぎなかったのだ。


『相手が悪いわ。普通じゃないのよ。』

彼女は心からロバートを案じているようだった。

『やつらのほとんどは普通ではないけど。

その中でも特に質（たち）が悪いと聞いている。

気をつけてね。』

特殊戦闘員。

百年戦争の忌わしい生き残り。

キューザック家の復讐のために

皇帝陛下の密命を帯びた亡者たちが火星に向かっている。

くれぐれも備えを怠るな、とセイレーンは繰り返した。

『し過ぎると言うことはない。それほどの相手よ。』

日時もハッキリしていた。

『私が一番恐れているのは、あなた自身が生命を惜しんでいないこと。

私の知っているあなたは自分を少しも大切にしない人だった。

今だってきっと、

生命の心配より別のことを考えているに違いないわ。』

図星だった。

セイレーンを心配していた。

『いや、そんなことはない。』

ロバートは取り繕うように笑顔を見せて言った。

ただ彼女を安心させたかっただけだ。

『大丈夫さ。うまくやる。本当にありがとう。』

心から言った。

『陛下はあなたを殺したくはないのよ。』

セイレーンはそれを受けて本当は多分言うべきではないことを

言い始めた。

『寵愛している妹君の夫の機嫌を取るために仕方なく下した命なの。

だから陛下はわざと私に情報を漏らした。

そして私は素直にあなたに忠告することにしたわ。

キューザックを甘く見ては駄目。

あの一族は昔から執念深いのだから。』

彼女の情報を信じて昨日は宇宙港に手だれの部下と傭兵をやったが

結局逃げられた。

その刺客たちはまだ見つかっていない。

火星のどこかでチャンスを窺っているに違いない。

まったく自分の部下たちの間抜け加減にはあきれるほかない。

それともわざとか？

主人が殺されるのを望んでいるのだろうか？

くそっ。

そうとしか思えない。

そうに違いない。

海王星から金が支払われているのだ。

何故今まで、そのことに気付かなかったのだろう。


ああそうか。

たぶん俺は気がつきたくなかったのだ。


いや、それよりセイレーンだ。

彼女は安全なのだろうか？

アレクの近くにいることは決して良いことではない。

特にこのような問題に巻き込まれることは。

自分のことよりそのことが気がかりだった。


どうせ俺は

火星に飛ばされて、これから先はないも同然の身、

生き続けることは誰にも望まれていない。

自分の望みでさえない。

ただ、不名誉な死にざまだけはごめんだ。

死に方も、時も、理由も、選べるものなら選びたい。

そしてそれは今ではない。

いつかはまだ分からないが。少なくとも今ではない。

捨て駒のような扱われ方で憐れに死んでいくのは

俺の好みではないぞ。

するとロバートの脳裏にセイレーンが通信の終わり際に見せた、

どことなく憐れむような慈しむような暖かく微笑む顔が

思い浮かんで消えた。


つづく







↓次回です♪
第百三十一段～審判～


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『三蔵、妊娠したってよ』シリーズ早見表
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ウィリアム・フォン、馮紹峰、フォン・シャオフォン、ペン・シャオペン　William Feng 以上全部同じ人（笑）

『三蔵、妊娠したってよ』シリーズ早見表ってことでヨロシク♪

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