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テーマ:教育は生き返るのか(195)
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ある保護者に宛てた手紙の文書ファイルを発見した。
「教育の一端に存在するものとして、大きな解釈で本音を言えば、 ある一定のルールを学ばせることが彼を含めた青少年が一番学ばなければいけない 根幹であると考えています。そのルールを自分なりにアレンジをすることが、 後の行動選択において諸処の問題に波及するものであり、 芯の弱い子どもを作り出し、ひいては、身勝手さを押し通すような大人になってしまいます。 自我と自立心の育ちきっていない思春期においては、ある程度の強制力も必要な場面はあると思います。 現に、本校に入学してくるお子さんの大部分を見ていると、 身体的には年齢相応の体格に近いものがありますが、 精神年齢は非常に幼く目先のものにとらわれがちな生徒が多くいます。 元来、指導の前段階の躾では、理屈ではなく導くものも少なくありません。 例えば、箸の持ち方や、食事のマナー、礼儀作法などがそうであるように、 「何故?どうして?」に細かに説明せずに、「こうするものなのである」と強い力で導くことが 必要な場面もあると思うのです。 全く別のお話ですが、私は現在「ニートと部活動の関連性」について調査・研究中です。 ここまでにわかったことは、ニートの方々が口にする代表台詞は「○○は僕には合わない」です。 どこかで聞いた言葉ではありませんか?周囲が自分に合わせてくれるのを望んでも、 そうそう他者は自分に合わせてはくれないのが社会なのです。 それが許されるのは、自分に対して甘い知人や家族だけでしょう。 不登校や引きこもり経験のある青少年のほとんどは、家庭の姿勢が本人本意であり、 本人中心に周囲があわせるという特性が、ここで合致してくるのです。 「ニートの60%は部活未経験者」と昨年の6月の讀賣新聞で報道されましたが、 部活未経験を考えると、このフィッティングの問題があると考えています。 自分の考え方やライフスタイルを変化させて、状況にフィットするよう努力しなければいけないのが 高校生期の部活であり、そこでわがままを消していくものだと思っているのです。」 って、、、 部活動参加に疑問視をする保護者に宛てた内容だが、 もちろん、世の中の高校生全員に言えることではない。 何らかの理由で、不登校になったり、自ら動くことが困難な生徒に対してだけだろう。 更に、考えよう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007年05月09日 14時45分53秒
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