『清水座頭』 びわ湖ホール
座 頭 野村 万作
瞽 女 野村 萬斎
後見 高野和憲
【あらすじ】
良縁を求めて、瞽女(ごぜ:盲目の女性)と座頭(ざとう:盲人)がそれぞれ清水の観世音にやってくる。
座頭が瞽女につまずき、口喧嘩になるが、お互いに盲目だとわかると、仲良く酒を酌み交わし、
平家節を語ったり、小歌を謡って打ち解ける。
やがて夜も更けてきたので仮寝をすると、それぞれ夢の中で西門でふさわしい相手に会えるという
観世音のお告げを聞く。
急いで西門に向かうが、盲目のため、相手が来ているかどうかわからない。
座頭が杖を頼りに相手を探すと…
【解説】
瞽女が酒宴で謡う小歌「地主(じしゅ)の桜」は清水寺境内の桜の名木を歌ったもの。
座頭の語る平家は「平家物語」を琵琶の伴奏で弾き語りする「平曲」のこと。
パロディー精神旺盛な狂言ならではの滑稽な内容に変えられている。
両曲とも技巧的な謡いの技術が必要な狂言小謡の難曲。
真っ暗な会場がほんのり明るくなると、どこからとも無く、カッコウと鶯の鳴き声。。それと風の音が聞えて来ました。
そして黒い幕だけだった舞台のバックには、いつの間にか満開の桜の木が2本。
舞台の右袖から瞽女(萬斎さん)の杖の音が聞えて来た。
コツン。。。コツン。。。
静かな会場に心もとない杖の音が響き渡る。
静かに、静かに歩みを進める瞽女。。
3年前に目を患って見えなくなってしまった瞽女。
良縁を求めて、清水の観世音にお篭りに来たとの事。
はぁ~~。萬斎さん。
女性ですから、美男鬘(びなんかずら)を頭に付けてらしゃるので、髪の長さやカール具合などは見れないけれど。。
綺麗~。とても、綺麗~。
何がって。。そりゃもう、お手々も美しいし、長い睫毛も美しいし、何より所作が女性だった。。
清水さんにお参りされるその様子。
「きっと、良縁に巡り会えますように。。」
観ている私も一緒にお願いしていました。
次は舞台の左袖から座頭(万作さん)が登場。
こちらの杖は男性だからか若干力強い感じがしました。
座頭さんも清水さんに良縁の願掛けにやって来たとの事。
途中、犬に出くわし、「シーー!」と追いやる場面もありました。
その後、なんやかやと、やって来た理由を述べながら瞽女が篭っているお堂に入った時、見えないものだから瞽女に躓いてしまうのです。
そしたら瞽女が
「気をつけて下さいよ!あなたは、最前から鼻先でなんやかやと煩く言って、はなはだ迷惑な事ですよ」(現代語ではこんな感じね)
と怒るんですよね。
座頭は「見ての通りのなり(盲人)ですから、ゆるして下さい」というのですが、瞽女にしてみれば、「見ての通りとは、(見えないのに)私を愚弄しているのか。」とまた怒るんですよね。
でも、お互い同じ盲目だとわかって、打ち解けて座頭が瞽女に酒を勧めます。
瞽女は最初断るのですが、座頭が平家節を気持ちよく謡うと、瞽女も酒を所望し、「地主の桜」を謡います。
この両人の謡いの時に、上部に字幕が出ました。
一句、一句、流れるように映し出される字幕。
しみじみと響き渡る万作さんと、萬斎さんの声。
【平家の詞章】
そもそも一の谷の合戦破れしかば
源平互いに入り乱れ
向かう者の頤(おとがい)を切らるる者もあり
逃ぐる者の踵(きびす)を切らるる者もあり
忙わしき時の事なれば
踵を取って頤につけ
頤を取って踵に附けたれば
生へふず事とて
踵に髭がむつくりむつくりと生えたりけり
頤に皸(あかがり)がほかりほかりと切れたりけり
頤とはアゴの事で踵はつま先の事なんですよね。
忙しさにかまけて、戦いで切り落としたつま先をアゴに付けて
アゴをつま先に付けたら、つま先に髭が生えてアゴにアカギレが出来た
という、面白い内容になってます。
【地主の桜の詞章】
地主の桜は
ちるかちらぬか
見たか水汲
ちるやらちらぬやら
嵐こそ知れ
そのうち、瞽女は夜も更けたので、寝ることにしたのですが。。
ここで照明がガラリと変わって、夢のお告げがやって来た雰囲気に!
そして、朝が明けるように照明も淡いオレンジ色が入り、瞽女はお告げのあった西門(さいもん)へと急ぎます。
ここでは、舞台の左袖に移動されました。
西門に佇んでジッと相手を待つ瞽女。
その後、座頭も眠りから覚め、観世音のお告げを確認すべく、西門へと急ぎます。
ですが、目が見えないから相手が来てくれてるのか判らない。
だから杖で探って相手を確かめます。
すると、座頭の杖が瞽女の杖に当たり。。
昨夜、酒宴を楽しんだ相手が夢のお告げの相手だと知り、二人で仲良く謡いを謡います。
【二人の謡 詞章】
若し若し主なき人やらん
我は主なき花衣の 恨むべき人もなし
扨(さて)は夢想の末遂げて
互いに目見えぬ中なれど
契りとなれば嬉しやな
千束(ちつか)立ちぬ錦木も
逢はで朽ちにしならびなるに
時をも移さずして
夫婦となるぞうれしき
「千束(ちつか)立ちぬ錦木も
逢はで朽ちにしならびなるに」
これは、陸奥地方で「錦入り」という風習があって
好きな相手の軒先に錦で飾った華やか木を括り付けて
プロポーズをするそうなんですが、1000日続けても
承諾の返事がもらえなかったという事を指しているそうです。
そんな事例もあるのに、盲人の二人は、逢って間もないのに
夫婦となれる事を嬉しく思う、という内容になっているのだと
石田さんが解説の時に仰ってました。
盲目の二人が手に手をとって、謡いを謡いながらの退出。
瞽女はその時、杖をつかず、夫となる人の杖に任せて歩いてゆきました。
二人が退出する先は舞台中央の桜の木の間。
しみじみとそして、明るい未来に向かっての退出でした。
二人が去った後には、桜の花びらが上から落ちて来ました。
そして、微かな風の音。。。
万作さんと萬斎さんの合唱というのか、合謡というのか。
二人で息を合わせての謡いは聴き応えがありました♪
どちらかが先走る事なく、しっとりと嬉しさが滲み出るような謡い。
そして、二人が歩調を合わせ、幸せそうに去って行く姿に泣けた。
泣けたよ。私。。
なんて素敵な二人なんだろ。
運命の相手に出会えて良かったね。
心底、そう思いました。
音と照明と桜の木と。。
相乗効果でいつもの狂言が全く違うものに感じられた。
それに、素の舞台でもその場の光景が浮かぶような演技をされる万作さんと萬斎さん。
この二人の演技がより一層、映える演出に、萬斎さんのプロデューサーとしての手腕を見た気がします。