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テーマ:愛しき人へ(903)
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あの日 2004年8月16日 もうあれから4年が経ちました。 私とお嫁さん お嫁さんのお母さん お嫁さんの甥っ子を連れて出かけていました。 お嫁さんが用事を済ます間 私達は私の義弟のお見舞いにガンセンターに行ったのです。 妹が今日は何時もと様子が違う お話も出来ないし~~~ 面会は・・・・・ そのまま会わずに帰ってきました。 食事などせずに真っ直ぐ帰ればよかったものを のんびりしてて 家路の途中危篤の知らせが私の携帯にありました。 車一台で行ったし途中花火大会にも出くわし中々家に着きません。 その内に亡くなったと知らせが入りました。 ガンの再発から2年でした。 ケア病棟にいたので好きな事なんでも出来たし 看病もむこうの兄弟と、こっちの姉妹で毎日だれかしかは行っていた。 元気の良いときは 食べたいものを連絡してきたりその場で料理したりで 丸でマンションに居るような生活でした。 ボランティアの人達が季節の花を育ててくれたり環境も廻りの人達も親切で ・・・・でもあの病棟には行きたくない。 話しそれましたが、病院に誰も間に合わず妹一人が看取ったのです。 あれだけ毎日通っていて最後会えないなんて、 それに さぞ妹も心細かったことだろうと・・・・・ それが8月16日でした。 それから数日経った25日 父が心臓で入院 その3日後の28日父が亡くなりました。 28日私ら面会してたんです。 もう帰るから 父がもう少し居て・・と言ったのですが 明日又来るからと帰って来たのです。 その日の午後7時頃様態が変わったのでと、 急いで行きましたが もう意識は無く、 心臓の悪いところに脳梗塞を起こし、 先生の話があります・・・と 延命処置致しますか?と 私達姉妹は自然のままでお願いしました。 これは常々父が言っていた事ですので、 入院して三日目 弟が亡くなって12日目の事でした。 私らには辛い8月でした。 父には何もして上げられなかった。 今朝は大雨 お墓に行って来ようと花と線香を用意 丁度雨もあがりお墓参りをしてきました。 父の告別式の日 晴れから強い雷雨 その後晴れと暑く目まぐるしい天気だった事を思い出します。 父の人生も 戦争にかり出され~~~ 家族の為に働き 私らが我が侭言うと昔は そんな我が侭出来なかったと良く言われた。 私達が小さい頃は戦友が来たときなど「シナ語」を話していたこともあったな そんな事を想い出した日でした。 義弟50歳 父 80歳 辛く悲しかった夏も もう終わり お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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