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2024.06
2024.05.26
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感情労働が過剰に強いられる現代社会では、創造性,判断力,道徳的感度(共感力)さえも、搾取の対象となる。
達成感と次の成果とのLoopは国民を疲弊させるが、国民の疲弊を政府および官僚は「必要なコスト」としかみなさない。どれだけ苦労しているかを自分の価値とみなすように教育され刷り込まれた国民は、「疲弊するだけ自分の価値が社会的に向上する」という感覚に陥るのだ。
それは、「苦労している自分への称賛」を求めることとなり、「私がどれだけ苦労しているか」を訴え、世界に対して「私の苦労に対する正当な評価」を求めるために異議を唱えることになる。「苦労してきた私を評価しない社会」「私の苦労を評価しない社会」へ、異議を唱えるために行動することになる。拡大自殺もまた、彼らの社会への異議であり制裁なのだ。


いま、人々は「私が幸福になりうる資格があるかどうか」に囚われている。
現在の私が幸福であるかを問い、将来的に幸福を得る資格を満たしているかどうかを、世界に問う。すなわち「私は世間一般的な幸福条件を満たしているか」が重要なのだ。
「私の年収は世間一般的な幸福条件を満たしているか」
「私の社会的な地位は世間一般的な幸福条件を満たしているか」
「私の配偶者は世間一般的な幸福条件を満たしているか」
それは、あらゆることにその触手を伸ばし絡め獲り、私の住居は、私の子供は、私の教育方針は、周囲からみて、幸福条件を満たしているかを問い続けることになる。それは不安を生み、その不安は癒されなければならない。癒しとは賞賛だ。


国家は常に国民に、「幸福であるために称賛されるべき行動をとる」ように刷り込み続ける。
この束縛から逃れ、自由になるために、私たちは「賞賛」「達成感」から逃れる必要があるのだ。





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最終更新日  2024.05.26 19:49:31
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