さて、今回念願の対面を果たしたハリー・マッケルホーン(Harry MacElhone)のカクテルブックを見て、予想外のことがありました。本のタイトルが、現在の「Harry’s ABC Of Mixing Cocktails」とは違って、単に「ABC Of Mixing Cocktails」と記され、著者名は「Harry Of Ciro’s」となっています。
そして不思議なことに、本のどこにも出版年が記されていないのです。果たして、これは本当に初版本なのか?
「Ciro's(シローズ)」というのは、マッケルホーンが、パリで「ニューヨーク・バー」を買い取って自ら経営に乗り出すまでの間、正確に言えば、1918年か ら22年まで、約4年間勤めていたロンドンの社交クラブ「The Ciro's Club」のことです。
マッケルホーンはこの「Ciro's」のBarで働いていた際、この歴史的名著を書きあげました。しかし、出版年が書いていないので、この本が何年に出たものかはよく分かりません(写真左 =Harry's New York Bar =筆者の友人が2011年3月に写す)。
初版の後、マッケルホーンは何度か改訂版を出していますが、パリで「ニューヨーク・バー」のオーナーとなり、店の名を「ハリーズ・ニューヨーク・バー」と変えた1923年以降は、本のタイトルは「Harry's ABC Of …」と変更しています。
従って、Mさんが手に入れた「ABC Of …」「Harry's Of Ciro's」というタイトル&クレジットの本は、普通に考えれば1919~22年の間に出版されたものだと考えるのが素直です。さらに、本に出版年は記されていなくとも、出版時期を絞りこめる手がかりが、3つほどありました。
まず本文の最初のページに記された、この本の出版元です。「Odhams Press Inc, London」とあります(写真右 =Odhams社のマーク)。英語版Wikipediaによれば、「Odhams」は1890年の創業で、当初は新聞を発行していました。社名は1898年に「Odhams Limited」と変え、さらに1920年「Odhams Press」と変更したとあるので、この本は少なくとも1920年以後の出版であることが分かります。
広告にも思わぬ手がかりがありました。以前にも紹介した「BOLS」の広告に「1575年(の創業)以来、346年間、世界じゅうから愛され続けるリキュール」というキャッチコピーが記されていました(写真左 )。これを信じるなら、出版年は1921年ということになります。
さらに本文を見ていくと、興味深い記述がありました。「Princess Mary」というカクテルの項の説明に、マッケルホーン自身が「1922年2月のメアリー王女の結婚を祝して自らが考案した」(introduced by myself in honour of Princess Mary’s Wedding to Lord Lascelles, Feb, 1922)と書いているからです。
マッケルホーンが経営権を買い取った「ハリーズ・ニューヨーク・バー」がオープンしたのは、1923年2月です。従って、少なくともこの「ABC Of …」は、21年から23年2月までの間に出版された、初版の第二版(または第三版?)ではないかと推察しています。
Princess Maryの件を考えると「1922年出版の版」とみるのが自然でしょうが、王女の婚姻が1921年の段階で決まって周知されていて、マッケルホーンがあらかじめ考案していたと考えれば「1921年の出版」の可能性はなくはありません(写真右 =現在でも有名なGordon Ginの広告)。
もちろん、初版本でなかったからと言って、このカクテルブックの価値に陰りが出ることは一切ありません。初版に近い時期で、マッケルホーンがロンドン時代の出版であれば、内容自体はほとんど初版のものを踏襲していることは間違いありません。
そこで、私としては、この貴重な“初版本”の内容を、マッケルホーンに関心を持つ多くのバーテンダーと分かち合うために、じっくりと読み込み、同時代のカクテルブックなどと比較しながら、新たな発見をつかみたいと願っています。では、何回続くかはよく分かりませんが、いささかマニアックな(笑)内容の連載に、どうかお付き合いくださいませ。また、間違い、勘違い等がありましたら、遠慮なくご指摘くださいませ。 <次回へ続く>
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Last updated
2021/07/06 11:11:01 AM
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うらんかんろ
大阪・北新地のオーセンティック・バー「Bar UK」の公式HPです。お酒&カクテル、Bar、そして洋楽(JazzやRock)とピアノ演奏が大好きなマスターのBlogも兼ねて、様々な情報を発信しています。
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▼Bar UKでも愛用のBIRDYのグラスタオル。二度拭き不要でピカピカになる優れものです。値段は少々高めですが、値段に見合う価値有りです(Lサイズもありますが、ご家庭ではこのMサイズが使いやすいでしょう)。 ▼切り絵作家・成田一徹氏にとって「バー空間」と並び終生のテーマだったのは「故郷・神戸」。これはその集大成と言える本です(続編「新・神戸の残り香」もぜひ!)。▼コロナ禍の家飲みには、Bar UKのハウス・ウイスキーでもあるDewar's White Labelはいかが?ハイボールに最も相性が良いウイスキーですよ。▼ワンランク上の家飲みはいかが? Bar UKのおすすめは、”アイラの女王”ボウモア(Bowmore)です。バランスの良さに定評がある、スモーキーなモルト。ぜひストレートかロックでゆっくりと味わってみてください。クールダウンのチェイサー(水)もお忘れなく…。