手前味噌で恐縮ですが、私は昔優等生でした。
というのも小中学校の同級生の学力が低かったからで(でもみんな善いヤツでした)、他校と共通の全国統一(?)実力テストでは平凡な成績でしたし、高校に進学して生徒の学力が均されると途端に劣等生に転落しました。
入ってすぐは中の上だった成績(校内順位)も、2年に上がるころには下の中になっていました。思春期にどっぷりだった私は、「将来役に立つとは思えないのに勉強する意味はあるのか?」と言い訳(?)しながら勉強から逃げていました。
(微分積分は使いませんが、国語や歴史、英語などは一般常識として役に立つので、もっとしっかりやっておけばよかったと時々思います)。
案の定大学受験では第一志望を落ちて、親に我儘を云って浪人させてもらいました。高校が(ごく狭い範囲での)地元で有名な進学校だったからか、予備校に入って最初の模擬試験では偏差値が20以上上がりました。高校三年生がまだ受験の準備ができていなかったからで、模擬試験の点数はさほど変わらなかったけれど順位や偏差値は徐々に下がっていきました。
12月ごろで云えば、4月と比べて偏差値が10ほど下がっていました。1年前と比べて10上がったことになります。親には感謝しています。
でも第一志望の国立大は落ちてしまい、私立大へと進みました。
繰り返しになりますが親には感謝です。
だから、でも、「こんなはずじゃなかった」という思いが拭えません。
この文章を書き始めたのは朝の満員電車の中ですが、オジさんの整髪料や女子高生のキツめの香水の臭いに顔をしかめ、汗をかきかき電車に揺られていると余計に強く感じます。
私のしたかったことはコレだったのだろうか?
平凡であることが嫌だったけれど普通であることから外れるのも厭でした。
ぼんやりと描いていた理想はぼんやりとしたままで、具体的な行動を取らず何ひとつ叶えられたものはありません。得たものはなく、少しずつ失っていっています。失わずにいるものもありますが、それもやがて失うでしょう。
失うのが判っているなら、新たに何かを得られるように行動しなければなりません。それがリスクを伴うものであっても、です。
そのリスクも行動してみたら思っていたより大きくなかったなんてことがあるでしょう。
案ずるより産むが易し。
「あれこれ考えて動けない」をやめる9つの習慣 [ 和田秀樹(心理・教育評論家) ]
したらな。