『美しき青きドナウ』といえばウィーン・フィルハーモニー管弦楽団恒例のニューイヤー・コンサートでお馴染みの曲。ワルツ王と称されるヨハン・シュトラウス2世の作曲、1867年にウィーンで初演され、その後世界的に有名になった。その自筆楽譜が売却されそうだという。
このニュースは朝日新聞の関本誠氏がウィーンから伝えているもので(5日夕刊)、それによると、この楽譜は全8ページ、そのうち2ページがシュトラウスの自筆。現在「ウィーン男声合唱団」が所蔵している。同合唱団は1843年に創立されたというから、164年の歴史を誇る名門である。ヨハン・シュトラウス2世との親交は深く、『美しき青きドナウ』は同合唱団に捧げられた。
オーストリアの人々がこの曲に寄せる親しみは深く、「第二の国歌」と言うほどだそうだが、そのオリジナル楽譜が売りに出されようとしている。理由は、「ウィーン男声合唱団」の財政難だという。アマチュア合唱団であるため運営は団員からの会費収入でまかなわれている。国やウィーン市からの補助はない。しかし、かつては300人もいた団員が、いまや69人。このままだと2,3年後には合唱団を解散するしかないらしい。
打開策として基金を設立したものの、集まった寄付金は目標額100万ユーロ(約1億5700万円)には到底およばない。『美しき青きドナウ』の自筆楽譜は、専門家の鑑定では100万ユーロなのだそうだ。
さてこの話の行方はどうなるのか。オーストリアにとっては貴重な文化財。もし海外に売却されたとしても、国外に持出すには政府の許可がいる。簡単には許可されまい。
いやはや、芸術文化の衰退は日本のことと思っていたら、音楽の都といわれるウィーンの名門合唱団が消滅の危機に瀕しているとは。
ことしのウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートは、私もテレビで視聴した。『美しき青きドナウ』や、ヨハン・シュトラウス1世作曲の『ラデツキー行進曲』が奏でられると、会場は手拍子で大盛り上がりだった。その熱狂は毎年の光景である。美々しく着飾った紳士淑女が立ち上がって喜びをからだいっぱいに表わす。なるほど「第二の国歌」と言われるのもうなずける。
その熱狂と今日のニュースがなかなか結びつかない。
話はそれるが、『ラデツキー行進曲』は私にとって思い出の曲である。中学1年生のときに故・芥川也寸志氏の指揮で新日本フィルの演奏で聞いた。オーケストラ演奏をナマで聞いた最初だった。そして私はそのときにたったひとりで直截、芥川也寸志氏におめにかかった。氏は案内もなく突然、お休み中の控え室の扉を開けた私を、ニコニコしながら迎えいれてくださった。そして私が持っていた手帖に、数小節の楽譜を書き、Wakamatsuという語を加えた署名をくださったのである。「夜のコンサートにもいらっしゃい」とおっしゃりながら。
そのときに演奏したのは『ラデツキー行進曲』と、昼に『未完成交響曲』、夜に『田園交響曲』であった。場所は、会津若松市の昔の謹教小学校講堂だった(現在、同小学校は昔の第三中学校(私の母校)があった地に移転。)市民会館が建設されていなかった頃のことである。
私はそのコンサートのことを、影像とともにあざやかに記憶している。私の心身に音楽がしみこんできたのだった。
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