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カテゴリ:ブルガリア・ルーマニア紀行
プロヴディフを9時50分に出発。
田園地帯には牛や馬の放牧、そしてこのように羊飼いが多くの羊を連れて草を食ませている光景をよく眼にする。 1時間ぐらい走ったであろうかバルカン山脈の雪山が現れてきた。 広いバラ畑の中を道がずっと延び、バスがそこをひた走る。 プロヴディフから2時間ほどでカザンラクへ到着。 ここから広い階段を登って丘の上へ。 綺麗な住宅のそばにトラキア人の墓の標識がある。 ここから少し歩くと公園のようなところに出る。 近くにトラキア人の墓の保存小屋があり、THRACIAN TOMB ORIGINAL の標識が立っていた。 この小屋の中には入れず、さらに進むと今度はカラー写真の付いた標識があり、そこには THE TRACIAN TOMB AT KAZANLAK COPY とある。 このあたりは沢山の野草が花を咲かせ、お昼の陽も燦々と降り注いでいるので昆虫もいるようだ。 この標識のすぐそばの階段を下りるとトラキア人の墓のレプリカが現れる。 中にはいるとすぐ管理カウンターがあり、入場券のほか絵はがきなどのお土産も販売している。 内部の写真撮影は有料。 カウンターの右にお墓の入口があるが、中は人が一人ずつでないと歩けないぐらい狭いし暗い。天井や側壁にはくすんだ朱を主体の色彩でお墓の内部を再現してあるが、残念なことに天井の絵は水が侵入し絵が流れていた。 お金を払ってまで写真を撮る程のことはないなという印象だった。 なので絵はがきを買う人が多かった。 お墓を出たところのタンポポにハナムグリが来ていた。 黄色のキク科と思われる花も愛らしい。思わずカメラを向ける。 先程登ってきた階段の上には男性の胸像と石碑があり、その石碑にはブルガリア語の名前の上に音符が刻んであったので多分音楽家のものなのだろう。 階段の下にはいつの間にか蜜蝋細工のスタンドが出ていた。 しかし我らの仲間の女性軍は、ここは素通りしてさらに下にある数軒のおみやげ屋さんに群がっていた。 ここでは表面に赤いバラの花と民族衣装の女性をプリントした可愛い木製の香水入れが人気だった。キャップを開けると細い硝子瓶にバラの香水が入っている。 安いし、小さいし、軽いのでお土産に10個も20個も買う人が多かった。 バスでレストランに向かう。 中は民族博物館のようだった。 この辺りにいる動物、武器、楽器、ラジオ、カメラ、お皿、厨房の道具、民族衣装など所狭しと棚に壁にさらに天井にまで取り付けてのディスプレイ。 この付近一帯は香料用のバラの産地として有名なところだが、まだバラの花の時期ではないので花は全然見当たらない。 シーズンには原一面が花で埋まる見事な光景が出現するのだろう。 約1時間後に次の観光地でもあり宿泊地でもあるヴェリコ・タルノヴォに向けて出発。 街道を10分ほど走ったところで、山の裾にタマネギ型の金色の屋根の尖塔が見えてきた。 1877~78年にかけて露土戦争の激戦があったシプカ峠で戦死したロシア兵を悼んで建てられた教会である。 ここからバスはぐんぐん高度を上げ、シプカ峠へと向かう。 ここではカザンラクから見えた頂上の「自由の碑」を紹介しておこう。 今度は下り一方。 途中カブロヴォの街を通過。 また、ユーモアの町としても知られていて、3階建ての「ユーモアと風刺の家」がある。 写真は川向こうの道路際にあったその展示場の外壁。 夕方4時頃いよいよヴェリコ・タルノヴォに入ってきた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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