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テーマ:ジーコ日本代表(421)
カテゴリ:蹴球の話
新入社員研修の様子を久しぶりに覗いてきた。
チームでWEBシステムを開発するというもので当然ながらチームワークが求められる。 チームでの成果を出すには、個々の技術もさることながら、いかにメンバーが持つ力を効果的に結集できるかが問われる。 ・主体的に参加すること ・本気でやること ・情報および方向性を共有し、同じベクトルをもつこと ・力みすぎずにリラックスすること などが大事なのではないだろうか。 ところで、日本代表の話になるが、ジーコの采配論が取りざたされるが、問題はもっと根深く、チームビルディングに失敗していた。というか、その部分は選手が主体的にコミュニケーションをとり解決することを期待していたのだ。 日本代表は技術から言えば、もっと戦えるはずだったが、チームとしてのコミュニケーションが足りない為、高い技術力を充分に発揮するにはいたらなかった。 (高いといってもそんなに高くない、でもウクライナよりはだいぶいい) その意味ではトルシエは、うまかった。監督が強烈な個性を持つため、選手が結束した。 ジーコは選手が自ら結束することを求めた。(当然と考えた) ただ仲良しグループを崩さない日本の若者たちはナイーブ過ぎたようだった。 1日本サッカー愛好家としてはそこまで含めて、うまくやって欲しいと思うのだが、全ての責任をジーコに帰すのは無理がある。むしろ選手はジーコの顔に泥を塗ってしまったことを同考えるのか。 チームのために全力を尽くしていたのなら、選手も我々も敗戦にも感動を覚えたはずだ。ただ今回の敗戦には残念ながら感動はなく、ただただ無念さ、だけが残った。 自分の持ち場でやれることがあったはずではなかったか。 2ヶ月の研修を終えた新入社員たちは、感動するだろうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.07.01 06:26:16
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