FOR YOU 第5回
【マナミ・2】私は自分を消そうとしていたことがある。朝がこなければいい。ずっと真っ暗な夜の中で眠っていたい。眠りから覚めると外は明るくて、私は無理矢理起き上がらなければならない。そしてわたしは眠れなくなった。眠れない。眠ってしまえば朝が来る。でもそうやってずっと目を開けていても、窓の外はだんだん白けていき、やがて太陽に晒しだされた景色を、私は布団の中から、気が遠くなりそうな思いで見つめることになるのだ。眠りたい。もう何も考えたくない。ただただ、ずっと、眠っていられたらいいのに。「なんだよそれ......」マナミはわたしの手首を見て言った。「何、やってるの、おまえ」とても怒っているのだろう。すべてから彼女の怒りが感じ取れた。それなのにわたしは馬鹿みたいにへらへらとしていた。「なんとなく、やっちゃって」死にたい理由などなかった。なにかがあったわけではない。理由があればこんなにもわたしが混乱することはなかったのだ。消えてしまいたかった。自分を消してしまいたかった。ただそれだけの、けれどあまりにも強い衝動。「あたし、そういうの許せない。嫌いだよ、そういうことする人」「ごめんね」わたしは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。「今度やったら絶交だからね。くちきいてやんない」「ごめん」「どうしてあんたはいつも何も言わないの。あたしそんなに頼りないかな。あたしはそんなに役立たずか? いつだってそう、あんたの口から聞かされるのはいつも終わったことばっかりだ」頼りないはずなんてない。それどころか自分になにかがあったときはきっとマナミが助けてくれるとまでおもいこんでいるのだ。依存しているといってもいい。わたしは少し考えてから、言った。「実はひとりでぐちぐち悩むのは嫌いじゃない。趣味かも知んない」「それはそれでもいいけどさ。どうにもならなかったら頼ってこいよな。なんかそんなの寂しいよ」「ごめんね。......わたし、あの時、生きていたくなくて」マナミの言葉は返らない。わたしは続けた。「これから先、生きていく自信がなくて」「そんなのあたしだってないよ!」本気で怒鳴られる。頭では分かる。自分がどれだけ愚かなのか。新たな家族をもったマナミがどれほどの不安を抱えているのか。「今は馬鹿なことしたって思ってるよ」「もう絶対にそういうことはしないで。あんたがよくてもあたしが嫌だ」マナミの言葉が心地よかった。生きていてよかったと心から思えた。マナミはこんなわたしを叱ってくれる。「あたし本当に怒ってるんだからね。次やったら本当に嫌いだからね。 あたしの中から消去するからね」「ありがとう......ごめんね。きらいになんてならないで......」死にたい病にかかっているのだ。そのとき初めて自覚した。その後、わたしは何度も休職と復帰、退職と就職を繰り返すことになる。仕事がどうだと言うのではない、外に出るのが怖いのだ。人に会うのが、怖いのだ。言い訳をしながら生きているひとが不思議だった。そうするのは楽なのだろうか、気持ちがいいのだろうか。わたしにはわからない。私の人生は私の為にある。私の人生は私の責任。わたしは言い訳をするたびに、自分の中の何かがひとつづつ、死んでいくような気がする。私も他人から見たらたくさんの言い訳をして生きているのかもしれない。そうやって無自覚のまま、何かを殺しているのかも知れない。時々感じるあの、自分が壊れていくような感覚はそのせいなのかも知れない。マナミのことが好きだ。本気になれる人。本気になってくれる人。泣きながら怒鳴りあったこともあったね。あたしが本気で、あなたも本気だから。マナミが怒鳴る。あんたに何がわかるの? 何も知らないくせに。あたしの気持ちなんてわからないくせに。同情してんの? やめてよね。馬鹿にするんじゃねえよ。わたしは泣きながら答える。そりゃああんたの気持ちなんてわかんないよ。あたしはあんたじゃない。人事だもん。他人なんだもん。でもあんたが傷ついているのは分かるよ。あんたが悲しんでるのが分かるよ。わたしはそれが悲しいから泣くんだよ? 泣けるんだからしょうがないじゃない!あなたのことがとても大事。お願いだから、おいていかないで。わたし、がんばって歩くから。あなたにおいていかれないようにがんばるから。