|
カテゴリ:孫の教育
私:一昨日の「日本語の音楽性」のブログを読んで、知人のK氏より次のような貴重な体験談のメールをいただいたよ。 K氏:日本語の「音楽」というか、固有のリズムについては、20年くらい合唱音楽をやっていた者として、いろいろ思い出があります。 まず、「全てのオペラがイタリア語でないとダメ」かどうかは解りませんが、音の動きと、言葉の抑揚が合っていないと、歌う方はたまったものではありません。 同じヘンデルでも、ずっと後で歌ったラテン語の宗教曲は、こんな苦労はありませんでした。 私:音痴な私にとっては貴重な体験談です。 K氏:それにしても、明治時代に、日本に洋楽が入ってきて、外国の曲に日本語の歌詞を付けるのに、どれほど苦労があったかは、想像に難くありません。 なお、洋楽が入ってくるまで、邦楽には、「短調/長調」といった概念は無かったそうです。 私:内田氏のこのの本では、1960年代には「日本語をどうやってロックのビートにのせるか」が日本のロック・ミュージック・シーンの一大テーマだったそうです。 そういえば、私の下手なカラオケでは、演歌の女性歌手の歌が歌いやすい気がするのは、そのせいでしょうかね。 「日本語の音楽性」を演歌で補うことができるのかとちょっと知的興味がわきました。 黒人演歌歌手のジェロは、演歌によって完全に日本語の音楽性を把握しているように思います。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.03.04 18:41:04
コメント(0) | コメントを書く |