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【送料無料】銃・病原菌・鉄(下巻)
私:この本は、どこの書評で知ったのか、忘れたね。
原書は1997年の発行で、この和訳本の刊行が10年前だ。
だから、新刊ではない。
人類が始まって以来の歴史が、全世界にわたって、具体的に書いてあるので、読むのは面白いが、ブログにはまとめにくいね。
それで、俺が特に興味をもった点にしぼって記録しておくことにしたよ。
そこで図書館で借りたこの下巻の最後の章から、読むことにした。
1万年の単位で世界を考えると、イラクやエジプト、中国のように早くから文明の進んでいた地域が、なぜ、当時は遅れていたヨーロッパを支配下に置かなかったのか。
A氏:ヨーロッパ社会は、それらの先行した社会の後を追って多くの技術を生み、逆に植民地支配まで行うね。
私:紀元前8500年以降、ギリシャ文明が興り、紀元前500年にイタリアに国家が形成されるまで、家畜・植物栽培・文字・冶金・車輪・国家などの主要な発明が最初に登場したのは、肥沃三日月地帯やその周辺だった。
A氏:しかし、肥沃三日月地帯は、今は風化の進んだ砂漠地帯や潅木地帯に変わっているね。
私:農地を広げるために、開墾されたり、建築用や燃料用、加工用製材として採伐されていった。
降雨量も少ないので、森林再生率が低いので森林再生はなされなかった。
地表から草木が奪われると土地の侵食が進み、文明を育てた自然環境を破壊してしまった。
逆にヨーロッパは降雨量が多く、植物が再生しやすかった。
A氏:しかし、中国はそれほどの自然被害がないのに、ヨーロッパに遅れをとったのは何故、だろう。
今、GDP世界2位だと言われているが、かっては世界1位ではなかったのかね。
私:中国は、肥沃三日月地帯と同じくらいの古い時代に食料生産をしていたが、広大な中国大陸は地形や環境の変化に富み多様な作物や家畜や技術が生まれている。
そして肥沃三日月地帯のように生態系も脆弱ではない。
技術もヨーロッパをリードしていた。
鋳鉄、磁針、火薬、製紙技術、印刷術などさまざまな発明がされた。
政治制度も、航海技術や海洋技術も優れていた。
15世紀初頭には、乗組員2万8千人の数百隻の大船団をアフリカ大陸まで送り出していた。
鄭和の南海遠征だね。
A氏:数十年後に、コロンブスが、たった3隻の船団でアメリカに到着するが、中国に比較するとオモチャみたいだね。
なぜ、中国人はその強大な力でヨーロッパやアメリカを植民地化しなかったのかね。
私:著者は、それを船団の中止にあるとしている。
船団は1405年から1433年にかけて7回にわたって派遣されたが、その後は中国宮廷内の権力闘争の影響で中止なってしまった。
造船所は破壊され、外洋航海も禁止された。
そして、中国は政治的に統一されていたため、ただ1つの決定によって中国全土で船団の派遣が中止された。
中国の宮廷はその他に水力紡績機の開発も禁じ、世界の先端を行っていた時計技術を事実上葬り去り、14世紀に始まりかけた産業革命を後退させた。
中国は15世紀末以降、あらゆる機械や技術から手を引いてしまった。
A氏:1つの決定に全土が従うというのは今の一党独裁政権のようだね。
私:ところが、ヨーロッパはいろいろな国があって政治的に統一されていなかった。
コロンブスは探検船の派遣を3人の君主に断られ、4番目に仕えた君主によって願いがかなえられた。
もし、ヨーロッパ全土が一人の君主によって統一支配され、その君主がコロンブスの願いを断ったら、ヨーロッパ人によるアメリカの植民地支配はなかったかもしれないと著者は言うね。
歴史にイフはないというけれど、面白い比較だね。
明日は、オーストラリアとニューギニアのミステリーの話題に移ろう。