カテゴリ:連載小説-no title-
ゆったりとした三つ編みの少女が現れた。
と、同時に押し殺されたか細い殺気がかき消えたのに内心首を傾げた。 思わず身構えそうになるほどの凄まじい殺意と憎悪だった。 息を殺し、忍び寄ってくるかと思ったのに、拍子抜けだ。 「レイ様まで、いらしたのですか…」 驚愕に目を見開き、両手で口元を押さえる少女の姿は、自然で嫌味でない。 確か、ユーナと言う名の少女だったはずだ、とレイは記憶の片隅から掘り起こす。 「どうかしたのですか?」 「崇様。ご報告が」 サクシードが視線だけで先を促す。 ユーナはそれだけで恐縮しのか、視線を下げる。 「朔が、姿を消したようです」 「どういうことです?」 サクシードは眉をはねあげた。 報告を聞くうちに、眉間にしわが寄っていく。 一度は安全のためシェルターに入れた。 だが、一時間後設置された監視カメラで内部を見ると姿がなかった。 慌てて数人で確認に向かわせたがもぬけのからで、周囲も捜索したが発見できなかったという。 あまり表情に出さない人間だが、さすがにこの事態は驚愕で不快だったようだ。 「なぜ内部の確認が遅れたのですか?」 「火災による被害回復に予想外に時間がかかったようです」 発達したテクノロジーは原始的なものに対する弱さを露見した。 いくら人間の能力を超越し、町じゅうを掌握していたスーパーコンピューターとやらも、配線を絶たれたらただの無駄に大きな鉄の塊らしい。 サクシードは忌々しい、と顔をゆがませ今にも舌打ちせんばかりだ。 「どうなさるのですか?崇様」 不安げなユーナの問いにサクシードは当たり前のことを聞くなといわんばかりに冷たく返した。 「探しますよ、もちろん」 「機嫌が悪そうで」 レイの言葉に、サクシードは冷ややかな視線を送った。 「当たり前でしょう。予定が大幅に狂いました。こんな忌々しいこと、ないでしょう?」 「いつかはこうなっていた、というのに?」 「まだ、あれは幼すぎる。せめて外見上あの方と同じ年頃になってから壊す予定だったのに」 「ッ!」 ユーナは壊す、という言葉に反応し息を呑む。 サクシードは何をいまさら、と言わんばかりに冷淡にユーナを見た。 「いえ、あの…その」 ユーナは何か言いかけて、再び口を閉ざした。 喉のあたりで、でかけた言葉を殺した。 「コントロールセンターに行きますよ」 「は、はい」 サクシードに付き従う形でユーナは後を追った。 重苦しい音が聞こえ、ガシャッという音とともに屋上と校舎を繋ぐ扉が閉じた。 レイは一つ伸びをし、再びフェンスにもたれ掛かった。 熱風が、頬を撫でる。 目をあけると灼熱の世界が、視界いっぱいに広がった。 炎が燃えるだけ妙に耳に付く。 誰もいなくなったかと錯覚させられる中で、レイは口元を歪めた。 可笑しくて、嗤ってしまうのをずっとたえていたのだ。 「こんなことで、堕ちないのに」 壊れるなど、ありえないのに。 いったい、何を見てきたのだろう。 十数年間、片時も離れず傍にいて、節穴としか思えない。 ただの一度も違和感を感じなかったのだろうか。 おかしくて、おろかしくて、嗤いがとまらない。 「たいした観察眼なことで」 ふと、脳裏に町のあちこちに設置された監視カメラの画像で見た少女の笑顔がよぎった。 精一杯『普通』として育てられた少女。 何も知らせず、知ろうとすればさりげなく偽りを教える。 小さな両手には武器などは決して与えず、替わりにフィクションの本を与える。 決して絶望など見せず、偽りとはいえ無償の愛情を注ぐ。 傍から見れば滑稽な光景だろう。 だが、レイは愚かしいとは思わない。 嘲笑が、柔らかで、慈愛に満ちた笑みに変わる。 「幸せだった?」 答えを求めていない優しい声での質問が、炎にかき消された。 明るく、無垢な笑顔。 それを思い出すだけで心の中に暖かな灯りが燈る。 滑稽で、偽りを練り固めた日常でも、朔は笑っていた。 知らなかったからだとしても、確かに幸せそうに笑っていたのだ。 短く、幻のような中でも朔が笑っていられたのならそれで構わなかった。 「『朔』か……」 随分と味な名前をつけたものだ。 この名をつけた人間は、たいした皮肉家か、必然という名のモノに力を借りたのだろうか。 どちらでも、かまいはしないのだが。 「さて、と」 レイはぐぐっ、ともう一度伸びをすると踵を返した。 その口元には満足げな笑みが浮かんでいた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年06月02日 12時04分02秒
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