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カテゴリ:織田作之助
永井荷風の『墨東綺譚』に始まり、瀧井幸作『無限抱擁』、宇野浩二『思い川』、そして今年になって徳田秋声の『縮図』を、いずれも古本で読んだ。いずれも娼婦が相方として描かれており、『思い川』を除いて織田作之助の愛読書であった。
『墨東綺譚』 小説の想を練るために訪れた向島・玉の井で、知り合った私娼のお雪の家に通い続けるが、雪子が結婚を望んだのを潮に作家の大江は別れる。哀しい境遇にあっても純朴なお雪、その切ない思い出が描かれる。 東京に漂泊していた織田作は、朝日新聞に連載後に出版された単行本(昭和12年)でこの小説を読んで感動し、玉の井を11回訪れており、お気に入りの娼婦もできた。昭和13年当時1円で遊べ、3円で泊まれた。なお、コメ価格からみると1円=現在の1千円に相当する。(大谷晃一『織田作之助』) 織田作もいつか「大阪の墨東綺譚」を書きたいと思ったりした。(稲垣真美『可能性の旗手織田作之助』) 『無限抱擁』 大正10~13年に書いた4つの短編を長編小説としてまとめ、単行本で昭和2年に刊行したもの。昨年1月に岩波文庫版で読んだ記録がある。 瀧井自身の体験にもとづく、愛妻・哀傷物語であるが、そもそも夫人の松子は吉原遊郭の娼婦であった、そして親にそのことを告げずに、信一は結婚する。慎ましやかで楽しい新婚生活を送るも彼女は結核を患い、その介抱の末に儚い終末となってしまう。 瀧井は、会社勤めしながらこれらの事実をあからさまに私小説として書き、作家として世に出ることになる。 織田作は昭和16年にこの小説本を40銭で購入している。瀧井は志賀直哉に兄事したが、この当時まだ、織田作は直哉への反発を感じていなかった。そして、織田作は小説のスタイルとしてスタンダール、川端、里見、宇野、そして瀧井からも摂取したと『わが文学修業』(昭和18年4月)に書いている。 瀧井から織田作が学んだもの、それは庶民の目線、それと、カフェで女給をしていた愛妻一枝と境遇に似通ったものがある点で関心があったのか。後に一枝夫人はガンで病床に伏すから(昭和19年)、織田作はこの小説を思いかべ反芻し、一枝を無限に抱きしめたい心情を抱いたであろうと想像する。 『思い川』 昭和23年に発表された私小説風の作品であり、作家の牧と芸妓三重次との愛の交流が描かれている。2年以上前に講談社文芸文庫版の古本で読んだ。 大正から昭和の初めの年代にもかかわらず、逢引き以外にいまでもドキッと気恥ずかしくなるような愛を確認し高めあうための交換交流行為が二人にはあった。いずれも三重次が提案したものだ。 ・二人の共通のイニシャルmを糸で縫い取った財布やハンカチのプレゼント。 ・オゾンパイプ(ハッカパイプのような物)を会うたびに交換。 ・日記を書いた手帳を会うたびに交換(交換日記) ・12時のサイレンが鳴るたびに、「お互いに思っている」というしるしに、どこにいても黙祷する。 携帯電話もブログもない時代、だからこそ、いじらしさ、愛しさが増す。だが、戦争をはさんで、二人の交流は疎遠になってしまう。 宇野浩二は、昭和15年に『夫婦善哉』を「文芸」推薦の作品とした支持し、織田作は小説家としてデビューすることができた。大阪育ちであった宇野浩二は織田作の心裏を哀傷と孤独の文学だと洞察し、良き理解者であった。 『縮図』 この小説は、昭和16年6月~9月まで都新聞に80回掲載されたが、戦時下、情報局の圧力により中断されるにいたった。明治、大正、昭和と書き続けて来た大家の作品といえども、思想統制には従わざるをえなかったのだ。たしかに、日中戦争から太平洋戦争に突入せんとする緊張感の高まりつつある時期に、芸妓物語とは、掲載されるには違和感があるのは読んでみれば納得できる。 芸妓の銀子の半生を丁寧に辿る内容で、彼女を取り巻く雇い人、客筋、仲間、親兄弟がそれこそあざなえる縄のごとく恩愛、利害絡み合って、銀子は流転してゆく。作者は第三者的だが優しい眼差しで芸妓の姿、心情をおっていることが伝わる。そして、その生活を取り巻く時代や世相が浮き彫りにされてゆく。 織田作は『サルトルと秋声』(昭和21年・東京新聞紙)において、「秋声が発見した人間描写法が秋声好みの人間を余人一筆も加え得ずと思わせるくらい、過不足なく描いて、しかも秋声なりの社会の縮図になっている点、明治以降の日本文学が達し得た最高峰の完璧な形式といえるだろう」と感動している。 以上の4作、娼婦や芸妓などの世界を描いた文学に織田作は興味をもっていたのであり、このような作品に刺激を受けて、虐げられながらも生々流転する庶民層を風俗や生活環境を地に這うが如く小まめに描き続けたのが織田作自身でもあった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012年02月14日 22時32分55秒
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