今日明日が函館港祭りのピークである。今日は十字街商盛会の写真展に行ってきた。おー木谷さんのお店(今は国際ホテルの真向かい)むかしあっちにあったんだ。美髪店っていったんだ。そういえば、言ってたっけ三代目が僕と同じ年でお姉ちゃんで四代目だと。
もらった冊子「十字街、思い新たに」が今あて元にある。昭和8年の地図、そして昭和36年の地図が載っている。1店舗1店舗の名前を見つめながら、おもわずハァーとため息がでた。寺井鋼鉄、金物、雑貨家具そして瀬戸物と現在の厚生院(中央病院、五稜郭病院)にために土地を寄付した名前。ブラジル(あったなぁ)じいさんが務めていた河合清太郎商店。古田さんがいたころの自民党まで出てる。大火のせいだろうか結構ちょっとずつ引っ越している。近所に。旧町名の寶町、蓬莱町、地蔵町。車がは走らないころは道路も広々としていた。ほんとに十字街は豊かであった。
今でもこれだけのことができるんだという揺るぎないものを実は残している。いつもは佇むような十字街のそれぞれのお店。三代目から六代目まで平然と伝えている。今更ながら「のれん」の重さを感じてしまう。