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カテゴリ:銀の月のものがたり
こころなしか嬉しそうな表情でデセルが執務机の前に立ったのは、日蝕前日の午後だった。
「戦闘教官さんのクローンのあるラボ、下見に行ってこようと思うんですが外出許可もらっていいですか?」 明日の式典、グリッド計画の準備で部署内はどこもてんやわんやだが、どうやら自分の書類は一段落をつけたらしい。 トールはちらりと机の上の紙の山を見やり、肩をすくめた。 「いいよ。私も行きたいところだけど、これでは無理だな」 (じゃあ、俺の持ってる翼に一部だけ降りていったら? そろそろ息抜きも必要でしょ) 心話で伝えて片目をつぶる。 かつてトールの折った四枚の翼は、今はクリスタル化してデセルの元にある。それを媒体にすれば、人格としてではなくとも一部だけ同行することも可能と思われた。 LABO それは分離の時代の象徴のような、いわば旧世界の遺物。 実験のための実験なのか、どこかの懐を潤すための実験なのか。 ……そもそもなんのための研究だったのか、を忘れてしまった施設。 戦闘教官でもある金の歌姫が、ラボに関係の深い知人だけをあつめて話を聞かせたことがあった。 トールもデセルもその中にいた。 彼女はもともと、実験体としてラボにいた記憶があった。そして、かつて作られた彼女のクローン体……生体としては使用されないよう、ばらばらにされていたはずのそれが、有機チップをはじめ「ラボ」という世界そのものの動力源に使われているのではないか、そういう話が出た。 それがわかったのは、教官とトールの本体が三次元で会った日だ。その日教官の本体は、トールとデセルの就任祝いとして、得意のワイヤーワークでそれぞれに小さなワンドを作って贈るつもりだった。 ところが朝になって、動力源に関する情報が怒涛のように降りてくる。そして会ってから見てみれば、トール宛の贈り物はワンドというよりも武器、それもハルバートにそっくりであることに気づいた。 しかもちょうど前日、トールがハルバートを扱えるということを思い出したばかりだ。 「……破壊工作のお礼先渡し?」 二人の本体は顔を見合わせた。 もうこれは流れに乗るしかないと腹をきめ、その場で関係者に破壊工作員の募集をかける。 トールとデセルをはじめ、教官本人以外に五人が決定して動くことになった。 旧世界の遺物ならば、エネルギーが新しくなる日蝕の前に破壊するべきだ。そういう思いが誰の胸にもあった。 ラボはスペア施設をふくめて三箇所。 デセルはそのうちの一箇所、以前話を聞いた際に覗いたことのある施設へと向かった。 翼のクリスタルを手に、トールにシールドを張ってもらいながら中核部へ。 入り込むのは妨害もなく、すぐに中心部へ入ることができた。 炉心部には黒い石の寝台があり、そこに真っ白い髪の長い少女が寝かされている。 炉心の壁にはダーツの的のようなサイケデリックな白黒模様の蓋があり、その奥は異空間のようになっていて、同じく白黒のさまざまな歯車などが噛み合って動いていた。 まずその人形のような少女を取り戻し、デセルは炉心壁の中からパーツを一つ外して失敬した。 「壊すところまでやらなくていいの?」 (ああ、今はいい) トールの言葉に、んじゃま引き上げましょうか、とデセルは一度ステーションに戻った。 そして仕事を終えた夜二十三時。 全体で六人、三人ずつ分かれて動くことになった。 教官、デセル、トールの組は、どこで調達したのか揃いの黒革のロングコート(デセルは袖なし)を着て黒づくめで武器を持つという、映画のような装いで集合した。 教官の武器はレイピア、トールはハルバート。槍先に戦斧ではなく、穂先を中心に六叉の湾曲した細刃がついているタイプだ。 デセルは利き手の左に長剣、右手に短剣を携えている。 夕方下見に行った一件目は、炉心の部品もエネルギー源にされていた教官の一部も外してあったから、すでに空運転状態になっていた。 ろくに揉めなかったが、爆破しようとする先に四散して逃げゆく影がセンサーに反応する。細かいものを潰す手間ばかりがかかった。 そして二件目。 黒いカテドラル風の大きな建物が闇の中にそびえ立っている。 こちらが本部のような趣きだ。 三人は、別に後ろ暗いところがあるでなし、堂々と乗り込めばいいだろう、と正面から歩を進めた。 トールの瞳がうっすらと紫から真紅に変わっている。 侵入者を感知したのだろう、すぐにカテドラルの窓や入り口などから、ぞろぞろと黒っぽい生き物があふれ出てきた。鳥や蝙蝠のような羽のあるもの、角の生えているもの。おそらくは実験動物なのだろう、地上よりも空から来るものの方がずっと多い。 トールとデセルは羽を広げると同時に上空に舞い上がり、応戦態勢となった。 地上分は教官に任せておいても支障はないだろう。彼女は嬉々としてレイピアをふるっている。 空中戦は敵味方入り乱れての大乱闘になった。 羽を非物質にしながら、デセルは両手の剣をたくみに使って敵と斬りあう。そのたびに、羽根となにかのキラキラした欠片が薄闇の中に舞い散った。 ふと左側を見ると、トールが同じく戦っている姿がちらりと目に入る。 空中でありながら、長大なハルバートをまったく身体軸ぶれせずに旋回させる様は圧巻だった。突く、薙ぐ、払う、斬る、あらゆる使い方ができるのが、ハルバートが熟練者むけといわれる所以である。 デセルは友人と一瞬目を見交わした。トールがうなずく。 彼が次々と敵を叩き落してゆくのを横目に、デセルは先に一人炉心部へと向かった。 屋根の上空から、地上すれすれまで背面から急降下してゆく。旋回して向きを変え、そのままカテドラル側面の大ゲートを突破した。 周囲にめぐる内部回廊を、ゆるい螺旋を描くように飛ぶ。中ほどまできたところで、直角に交わる直線路が現れた。右から赤い光がうっすらと射しているのが見え、あちらが炉であろうと見当をつける。 デセルは減速なしで右通路に突っ込んでいった。 何度も身体に感じる抵抗感は、張られていた弱いシールドだろう。薄紙を何枚も破ってゆくような感触で、黒い壁と柱のある通路を奥まで突破してゆく。 最奥には、今までとは違う厚い透明なシールドがあった。 その向こうに、人ひとりが両手を広げて入れるくらいの太さの赤い半透明な円柱が、禍々しい光を放っている。高さは見えている分だけでも建物の二階分ほどだ。 その中に、レリーフのようにひとりの少女が埋まっている。 デセルは冷静にその装置を見渡し、最短処理でシールドとエネルギー回路をカットオフした。 熟練した技術者の彼にとって、それは難しいことではない。 その処理が終了したころ、残兵を片づけた二人が追いついてきた。 「トール、これ上下切りっぱずせる? そうしたら中が出せると思うんだけど」 「了解」 短く答えて、銀髪の男はハルバートを二度旋回させた。円柱の構成物質をざっと目視し、分解魔法を刃に乗せる。 あっさりと上下が切り外された円柱が倒れて崩れゆく間に、教官が中の身体を回収した。 「ありがと~。よし、それじゃあ壊しましょか」 教官の笑顔を合図に、三人は三方向へ、炉心部の内壁を破壊しつつ脱出した。 大穴をいくつも開けられたカテドラルが爆散してゆく。 三件目は、もう一組によって無事に破壊されたようだ。空中からざっと見回したが、それ以上のダミー施設はないらしい。 彼らはそのままクリロズへといったん帰り、待っていた人々と成果を喜び合ってから解散した。 ************* >>【銀の月のものがたり】 目次1 ・ 目次 2 >>登場人物紹介(随時更新) 日蝕式典の前夜、実はこんなことがあったのでした 爆 この黒づくめの服装は、私は見えてなかったのですが いったいどこで調達したのでしょうかねえ・・・ 笑 コメントやメールにて、ご感想どうもありがとうございます! おひとりずつにお返事できず、本当に申し訳ございません。 どれも大切に嬉しく拝見しております♪ 続きを書く原動力になるので、ぜひぜひよろしくお願いいたします♪ 拍手がわりに→ webコンテンツ・ファンタジー小説部門に登録してみました♪→ 10/6 はじまりの光~一斉ヒーリング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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