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カテゴリ:銀の月のものがたり
火災現場から軍用車で一度指令本部に戻り、放り出してきた仕事と事故の処理にあたる。
幸い類焼のわりに死者はいなかったが、行きがかり上救援活動の指揮を続けたので、アルディアスの仕事は倍になった。 リフィアはリフィアで状況の聞き取りや調書への協力と忙しい時間をとられ、ゆっくりする間もない。 ようやく二人ともに仕事から解放されたときには、すでに外は真っ暗だった。 コートに袖を通しながら、まっすぐ帰るかいと尋ねたら、彼女はこくりとうなずいた。 軍で借りた車のステアリングを握ってテラスハウスまで送り届ける。 玄関の鍵をあけて灯りをつけると、リフィアはほっと息をついた。慌しい一日がようやく落ち着く気がするのだろう。 しかし彼女はしばらくたたきに視線を落とし、それからすがるようにアルディアスを見た。 (……あの。疲れているの、わかっているんだけど。……一緒に、いてくれない?) (いいよ) アルディアスは微笑んだ。不安げにすぼめられていた細い肩から、ほっと力が抜ける。 炎も非常事態も慣れているといえる軍人の彼と違い、リフィアには今日の出来事はさぞショックだったろう。そばにいることで支えられるなら、いくらでもそうしてやりたいと思う。 「ちょっと待っててね」 申し訳なさそうに彼女は言った。 ダイニングテーブルに肘をついて目頭を揉むようにしていたアルディアスの前に、湯気のたつ飲み物のカップが置かれる。 キッチンではオーブンが動き出す音が聞こえていた。 「いや、大丈夫だよ」 顔をあげて微笑んでみせる。 すぐに食事を出せないことを気に病んでいるらしい。今はどちらにせよ重い食事はしたくないから、気にしなくていいのに。 野菜煮込みとフルーツのサラダは十分に美味しかったけれど、リフィアはずっとどこか申し訳なさそうだった。 食後にやわらかな香りのお茶を淹れてくれながら、彼女は謝ってきた。 「とても疲れているの、わかってるんだけど……ごめんなさい」 「だから気にしなくていいよ、リン」 「リビングで悪いけど、ソファベッドはあるの。用意するから座ってて。アルディには少し小さいかもしれないけど」 彼女はアルディアスの上着を受け取って洋服かけに吊るし、厚手の毛布を持ってきて生成り色のソファベッドに広げた。 「ん~」 それを眺めつつ、アルディアスは大きく伸びをする。 通常レベルのサイキックの場合、テレポートは自分とせいぜい他にあと一人、くらいが普通だ。アルディアスは自分を含めて三人まではほとんど疲れなく移動できるが、対象の人間が一人増えるごとに、負担は加速度的に増える。 現場でリフィアに言った通り、四人と赤子一人は彼にとっても新記録だった。 いつか戦場で古代魔法を使い、サイキック・オーバーを申請したときのような重い疲れが溜まっている。 しかし今回は休暇を申請することもできず、事故処理を含めた仕事をほとんど気合だけで乗り切らねばならなかった。 長身で肩幅もあるものの細身のアルディアスは、その銀髪と柔らかな雰囲気もあいまって優男に見られることが多い。 実際彼を知らぬ人には女のようだと陰口を叩かれることもあるし、例の暴行集団などに物陰で襲われかけたことも一度ならずある。 とはいえ見かけよりずっとタフで武術にも優れている彼は、めったに倒れもしなければ、襲った者は返り討ちにあって二度とその気をなくしているのだが。 けれどもリフィアはまだそこまで知らない。 ソファベッドの用意を終えると、彼の背を押しながら言った。 「あの。横になってていいの。私も少ししたら部屋へ戻るから」 それまでちょっとだけここに居たい。 少し強引に彼を先に横にならせ、ラグに座って見つめてくる。その瞳を断れるわけもなく、素直に従ってわかったよとアルディアスは苦笑した。 さすがに眠くはあるけれども、この状況では彼女が心配だな。 そう思っていたら、先に隣からすやすやと寝息が聞こえてきた。座ったら気が抜けたのだろう、どうやらあっという間に寝入ってしまったようだ。 銀髪の男はくすりと笑うと、毛布をはずし彼女が寄りかかっているソファを揺らさないように静かに身体を起こした。 起こさないように気をつけて、細い身体をそっと抱き上げる。やわらかな琥珀色の髪の生え際に軽く唇を落として、自分が横になっていたソファベッドに寝かせ、毛布をかけた。 足音を忍ばせて、洋服かけからコートと上着をとってくる。部屋を暖めてあるからそう寒くはないだろうが、明け方になるとさすがに冷えるだろう。 毛布の上から大きな上着を彼女の身体にかけて、自分はコートにくるまりソファによりかかった。 作戦中はもっと不自由な状態で眠ることもあるし、短時間の睡眠で熟睡するような訓練も積んでいる。 これくらいは何ということもない。 かすかに聞こえるすこやかな寝息とあどけない寝顔。 不安な一日のあと、隣で安らいで眠ってもらえるというのは、言葉にならない満足感を彼にもたらした。 この信頼を裏切ることなく、彼女を護りたいと思う。 疲れた身体を暖かなものが満たし、彼もまたすぐに深い眠りに落ちた。 翌朝、リフィアが慌てて起き上がったらしいソファの揺れで目を覚ます。 「おはよう。よく寝てたね」 アルディアスが笑うと、彼女はぱっと顔を赤らめた。 「寝られなかったでしょ?」 「いや、歩哨はできなかったよ」 にこにこという。気持ちが満足してぐっすり眠ったから、これは本当だった。戦場なら二時間交代で見張りをしたりするが、その必要もなく数時間は熟睡した。 「作戦中に比べたら、このくらい何でもないよ。……水を一杯、もらえるかな?」 背筋を伸ばしてほうっと息をつく。 サイキックの使いすぎによる頭の芯の重さはどうしようもないが、一晩でかなり回復はしていた。 そろそろいつもの起床時間だ。 「この後どうするの?」 「一度戻って身支度して、それから出勤するよ」 キッチンで水を汲んでくれている彼女に声を投げる。 「それだと急いで支度しても朝食は間に合わないわ……ごめんなさい」 「だから気にしないでいいというのに」 昨日から何度目かの言葉に片手をのばして金茶の髪を撫でながら、アルディアスはコップの水を受け取った。 「今はあまり食べたくないから。でも、リンまで付き合わなくていいよ。食欲があるならちゃんと食べなさい」 冷たい水を飲み干してそう念押しする。 それから彼女の時間を無駄にしないよう、彼は素早く上着を羽織ると、軽い感触をリフィアの唇に残して春風のように立ち去った。 <Lifia - Sleeping with you -> リフィアさん http://blog.goo.ne.jp/hadaly2501/e/0b233ff1393e049df3a9a9f003efced7 ------- ◆【銀の月のものがたり】 道案内 ◆【第二部 陽の雫】 目次 見かけによらずタフ、は今でもよく言われますが、このあたりに理由があったのでしょうか 笑 鍛錬しておくものですねえ・・・(しみじみ でも今生はさぼりまくりなので、もっとしっかりしなきゃ ご感想なんでもよろしくお願いします~♪ 拍手がわりに→ webコンテンツ・ファンタジー小説部門に登録してみました♪→ 1/12 水のエレメントの浄化ヒーリング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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