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テーマ:美術館・博物館(1558)
カテゴリ:展覧会
日曜日、出光美術館の「仙がい名品展」を見てきました。(「がい」の字は手書き入力してみましたが機種依存文字になってしまって使えませんでした)しじまのれいめいさんが書いていらっしゃらなかったらそのうちに行こうと思っているうち終わってしまっていたでしょう。ありがとうございます。
仙がいといえば飄々とした禅僧と勝手に決め込んでいましたが、まとまった数の作品を見るとなかなかひとすじなわで行かない、という気もしてきました。仙人ならぬ人間であったのだと思う面もあります。当時より信望あつく、人気があったようで、あまりたくさんの人に絵を描いてくれと頼まれるので絶筆碑などというものを建てています。恵比寿さまなどの縁起のよい絵はお守り的な意味で人から頼まれたのかもしれません。中には恵比寿さまが、「よろこべ」と笑顔でいる下のほうに鯛?がげんなりした顔をしている絵がありました。今の私の心に一番すとんとはいってきたのは、「よしあしの中を流れて清水かな」です。 現代の漫画のような絵もあります。五条の橋の弁慶と牛和歌丸なんかどうみても漫画です。老人六歌仙のように文章ではきびしいことを言っていても描かれた老人達は楽しそうだったり、ユーモアたっぷりだったりする一方、座禅の形をとっているだけで仏になれるものなら蛙だってなれる、という手厳しさもあります。とはいえ、蛙の表情はユーモラスです。好奇心旺盛で網にかかったトドを見に行って描いたり、この世のすべてのものに仏の心が宿っていると考えて、観音さまに見える貝殻やおもしろい形の石など集めていました。 知人に贈った茶碗にはセンスのよさを感じました。象の形の「仙がい」印、まねして作りたいです。若い女性達が見て「おしゃれさんだったんだね」と言っていました。仙がい作の茶杓はそれぞれぴったりの銘で、茶人が茶杓をありがたがるわけがわかった気がします。 仙がい名品展を出るとルオーコレクションの小部屋がありました。醜い権力者を批判し、貧しい人、小さな人に心を寄せるルオーの絵。絵の奥からにじみ出てくるような光が心にしみこんできます。両脇に同じ刑を受けている犯罪者と3つの十字架が描かれている磔刑図には「善い盗人、悪い守銭奴」の題がついています。片方は改心し天国を約束され、片方はののしったと聖書に書かれていますね。 これらは出光佐三氏のコレクションだそうですが、昔の実業家はお金がすべてではなかったと感じ入りました。財力があったからコレクションもできるわけですが、それでも。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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