|
カテゴリ:自作の絵、詩、物語
「分かったよ。シオンは失踪したとキミが言うなら、それを信じよう。そしてシオンとおれのこと
を話そう。信じるかどうかは、キミの自由だが。。」 こうして私が話し始めたとき、ムオンは拳を握りしめ、頭の高さまで持ち上げながら、「自由だ っ」と小声で言った。後で知ったのだが、それはあるお笑い芸人のキメ言葉だったらしい。そのと き私は、まだそれを知らなくて、不可解なものを見る目でムオンを見ていたはずだ。ムオンはバツ の悪そうな顔をして、大きな体を小さく丸め、 「信じます」 と言った。 「いや。。聞いてから判断しろよ」 私は内心そう思いながら、話を続けたのだった。 木製のテーブルに、まだ写真が置かれたままになっていた。 「どこにでもありそうでどこにもない街」だとシオンが言い張った写真。 実は私の生まれ故郷の写真だ。 私とシオンが初めて会った日にも、その写真は、このときと同じように、同じテーブルの上に置か れていた。そのとき、シオンは私がこの写真を撮った理由にこだわって、言葉を変えて何度も尋ね てきたのだった。しかし私には特に理由などなかった。 もしあったとしたところで、もう思い出すことができなかったのだ。すでに1年近くの時間が、撮 影してから経っていたのだから。 変わってしまった生まれ故郷は今も両親や親族が住む街なのだが、その変わりぶりがあまりにも激 しく、もはや感慨さえわかなかった。 おそらく私は、ブログに日々の雑感を書いていたので、おそらくネタにするかもしれないと思っ て、とりあえず撮影したのではないだろうか? シオンは言った。 「でも。。写真はUPされてたけど、そういう記事はなかったですよね。。」 「書かなかった。そこが生まれた街だとも書かなかった。まるで旅行の1コマのように、他の旅行 写真と同じようにUPしただけだ。なんとなく、だ。そうとしかおれには説明できない」 シオンはずっと微笑んでいた。その涼しげな微笑み、涼しげに細まった茶色い虹彩を持つ目を、私 は一生忘れない。 「私には説明できるかもしれませんよ? きっと運命の巡り合わせです。私の目にとまるよう、あ のとき、あのタイミングでUPされたんだと思います。だって私、あの日たまたませびさんのブログ に辿りついたんですから。そしてこの写真を、見つけることができたんですから」 「なぜ運命はおれたちを引き合わせと思うんだ?」 「必要だからだと思います。お互いに、相手のことが必要だから。あるいは、運命にとってそれが 必要だから」 彼女の言葉は私にとって、ときとしてあまりに文学的だったから、私を戸惑わせた。このときがま さにそうだった。私はシオンの真意をはかるため、彼女の瞳をじっと見た。瞳の動きに不自然さは なかったから、彼女は本心を語っていたのだと思う。 「これは必然か? 必然の出会いだったとお前は言うのか?」 「そうでなければ、なんでしょうか?」 「ただの偶然。この写真を見つけなくても、お前はこれと似た別の写真をどこかで見つけていたは ずだ。そしてその発見を必然と呼んだだろう」 「あなたは私が、何年これを探していたのか知らないのです」 「言ってみろ。何年だ?」 「ずっとです」 「それじゃわからない」 「生まれてからです。生まれてからずっとなんです」 その時間は、ひとりの人間の人生にとっては永遠に等しい時間だ。と同時に、それはなんと軽々し くウソくさく聞こえもする言葉だろうか。 私はまた、シオンの茶色い虹彩を持つ瞳、暗い情念でぎらぎらしている目を、のぞき込んだ。 どれほど私が睨んだところで、根拠のない(とそのときは感じた)信頼の揺らがないその瞳が私の 運命に予兆を与えていたとしたなら、私がこのときある事実を、心の底ですでに認めはじめていた としても不思議ではない。 直近の未来に存在するはずの可能性、いくつかの選択可能な道はあの瞬間、たった1本の道に置 き換えられていたのだから。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[自作の絵、詩、物語] カテゴリの最新記事
|
|