カテゴリ:カテゴリ未分類
**************** 「…陛下は、あなた様のこの、美しい金色の髪に魅かれておいででした、まるで金の綿菓子のようだと」 「…わたがし?」 「…ハイオルトにはございませんか、蜜を煮溶かし固め、網のように幾重にも重ねたものです。細やかなものほど美しく、巧みな細工になりますと、金色の雲を集めたようなものが仕上がります」 「まあ…」 「…ずっと…触れてみたい、とお望みでした…」 女官長はしょんぼりと呟いた。髪飾りを留め直してくれる。 そう言えば、この女性の髪は赤茶色だわ、とシャルンは思い返し、切なくなる。 好いた相手が愛おしく自分を見つめて触れてくれる喜びを、得られないだろうと思うのは辛くて寂しいことだ。 「あの夜、陛下はお休みになれませんでした」 静かな声が最後のピンをそっと差し込む。 「望んだ女性が、犬の声を真似た瞬間、もう同じ部屋にはいられなかった、と」 「……」 「……できました。如何でしょうか」 そっと手鏡を差し出され、見事に結い上げられた髪の毛と、背後から覗き込む女官長のうす赤くなった目の縁が写った。 「…ありがとう。素晴らしいわ」 「……あなた様が王妃になられたら、私は女官長を辞するつもりでおりました」 くしゃくしゃと赤くなった鼻を中心に顔が歪む。 「でも、あなた様がギース様を傷つけたことを知って頂きたかったのです」 「……あなたは」 シャルンは鏡の中に微笑む。 「勇気のある女性ですね」 「…え?」 「……大事な人のために戦うのですもの」 「……」 女官長の頬を大粒の涙が零れ落ちる。 「私もきっと、陛下のためになら誰とだって戦うでしょう」 「…レダン王はお強い方です」 苦笑が女官長に顔に広がる。 「お守りになる必要など、ないのでは?」 「さあどうでしょう」 くすりとシャルンは笑う。 「百に一つ、万に一つ、私のこの細腕が陛下を庇う時があるのかもしれません」 あるいはまた。 「え…?」 「いえ……なんでもありません。私は陛下が来られるまで、こちらで待っております」 少し疲れたので休みたいと思います。 告げると、カルミラは、お部屋の水差しだけ、とすぐに使えるように準備を済ませ、頭を下げて退室して行った。 「……」 静かに閉ざされた部屋の中で一人、シャルンは考え込む。 あるいはまた。 『……ご存知でしたのですね?』 ギースの犬嫌いを知っていて、閨で無知を装って鳴き真似をした。 『でも、あなた様がギース様を傷つけたことを知って頂きたかったのです』 シャルンは繰り返し、同じようなことをしてのけている。国のために、父のために。 偽りの姿を見せ、仮面を被り、嫌われるために手を尽くし。 そうして相手に婚儀を断られ、被害者の顔を装って、見舞いと労りを受け取って。 きっと、傷つけてきたのだろう、幾人もの王を。 ひょっとしたらこの先、レダンに見えてくるのはシャルンの狡さばかりなのではないか? あるいはまた。 レダンはそんなシャルンをまだ、見ていないだけではないのか? だから、シャルンを愛おしんでくれているだけではないのか? ならば、諸国訪問の後に残るのは、シャルンへの嫌悪と疎ましさだけではないのか? そうしてシャルンは、今度こそ、本当に愛想をつかされてしまうのではないか? 「……」 溢れそうになった涙を飲み下し、長椅子から立ち上がり、窓を開けてテラスに出る。 夜気は冷たかった。 ステルンはハイオルトよりも南にあるはずなのに、それでも風が鋭いと感じた。 「……どうしましょうか…?」 誰へともなく問いかける。 「私……人に好かれる術を知りません」 嫌われる方法なら熟知している。 けれど、どうしたら好いてもらえるのか。愛し続けてもらえるのか。 ぶる、と小さく震えた、と。 「…どうなさいましたか?」
幼い声が響いて顔を上げた。 **************** 今までの話はこちら。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018.11.14 09:07:45
コメント(0) | コメントを書く |