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2021.02.24
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「私へのお話とはいかなるものでございますか?」

「尋ねたかったのだ」

「何を、でございましょう」

「暁の后妃」

 ミラルシアの声に嘲りはなかった。

「私はどこで間違った?」

「…」

「そなたは様々な王の相談に乗り、悩みを聞き取り、解決したと聞く。その才に拠って尋ねる。私は何を間違った?」

 明かりが揺れる。風がどこからか入っている。ミラルシアは淡々と続ける。

「玉座に就いた時、世界は輝いておった。年若いことを嘲ったり、振る舞いの拙いことを貶す輩もおったので、努めて経験を重ね知識を得、なしうる限りの鍛錬をした。時に天与の才を褒められ、時に先見の明を讃えられた。しかし、全ていっときのことであって、世界にアルシアありと掲げられることはなかった」

 シャルンは黙って相手のことばを待った。

「充実感と喜びと達成感を得たかった。なのに、どれほど頑張っても足りぬと声がする。より素晴らしいものがあり、それには及ばぬと嘆かれる。頂点に立てと誰が命じたわけでもない、だが周りの顔がほんの少し曇る。所詮、王の器ではない、と囁きが響く。我を捨てれば良かったのか? 素晴らしいといわれるものの真似をすれば良かったのか? 教えてくれ、そなたと私の間の差異をはっきりと。そうすれば諦められる、期待もせぬ。最初から間違っていたのだと思えばいいのだ」

 なぜ、そなたは暁の后妃と呼ばれ、私は地下牢に座っているのだ?

「……私は」

 シャルンはそっと口を開いた。

「求められるものになろうとして参りました」

 幾度も輿入れする中で、こうであって欲しいということばを聞かされる度に、それを満たそうと努力した。

「満たせることも、満たせないこともありました」

 私は人のことばを聞いて、変わり変えられ変え続けて参りました。

「その中でずっと、探して参りました」

 私の願いを。望みを。祈りを。

「私は、どこに居て、何をしたくて……何に成りたいのか」

「………」

「ミラルシア様は私を暁の后妃と呼ばれますが、私は今カースウェルの王妃でありたいと願っております。それが同一のものか、異質のものか、私には判じかねます」

 ミラルシアはシャルンをじっと凝視している。

「……差し出がましいとは存じますが、途中、なのではございませんか」

「途中、とは?」

「恐れながら、ミラルシア様は何に成ろうとされているのか、探しておられる途中ではないでしょうか」

「地下牢に居て?」

「ここで何を為さるかです」

「何を……するか……」

「私とお話になりたいと願われたのも、探し物をされているから」

「探し物……か」

 ミラルシアの視線が初めて動いた。静かに背後を振り返る。土壁でしかないその場所を眺め、再びシャルンを振り向いた。

「…玉座に就く前、地下迷宮に行きたかったのだ」

 薄い笑みが紅の唇に浮かんだ。

「そこには『花咲』という魔法があるかも知れぬのだ」

「っ」

 ぞっとした寒気がシャルンの背中を這い上がった。恐らくは扉の外のレダンもまた震えを感じているだろう、思いもかけぬ糸口が現れたことに気づいて。

「アルシアの古い御伽噺でな。石に封じ込められ魔女の呼びかけに応じて応えるらしい。繭に閉じ込め埋められて、誰も見つけられず使えもしない魔法だ」

 ミラルシアは深く息を吐いた。

「見てみたい」

「…はい」

「玉座に就いてしまったので、探しに行けぬと諦めた」

「はい」

「良いのだな、探しても」

「はい、殿下」

「その名も最早要らぬ。………血が、高ぶる」

「……はい」

 微笑むミラルシアにシャルンも笑み返す。

「…サリストア?」

「……っ」

 唐突に声を掛けられ、扉の外の気配が息を呑んだ。

「居るのだろう? 剣が欲しい。地上には出ぬ。装備を整え、地下通路を歩みたい。手助けしてくれぬか。玉座を押し付けた上の我儘で済まぬが」

 扉が開いた。静かにサリストアが入ってくる。続いてレダンも。

「…面妖な格好をしておるが、何の冗談じゃ」

「姉上ほどではない…」

 俯いたサリストアが一瞬光り落ちた雫を振り払う。

「提案がある」

「何だ?」

「地下迷宮を我らも探している。共に行かぬか」

 ミラルシアは一瞬目を大きく見開き、くしゃりと顔を歪めた。

「許す」

 応じた声が低く震えた。

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Last updated  2021.02.24 00:00:14
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