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**************** 「私へのお話とはいかなるものでございますか?」 「尋ねたかったのだ」 「何を、でございましょう」 「暁の后妃」 ミラルシアの声に嘲りはなかった。 「私はどこで間違った?」 「…」 「そなたは様々な王の相談に乗り、悩みを聞き取り、解決したと聞く。その才に拠って尋ねる。私は何を間違った?」 明かりが揺れる。風がどこからか入っている。ミラルシアは淡々と続ける。 「玉座に就いた時、世界は輝いておった。年若いことを嘲ったり、振る舞いの拙いことを貶す輩もおったので、努めて経験を重ね知識を得、なしうる限りの鍛錬をした。時に天与の才を褒められ、時に先見の明を讃えられた。しかし、全ていっときのことであって、世界にアルシアありと掲げられることはなかった」 シャルンは黙って相手のことばを待った。 「充実感と喜びと達成感を得たかった。なのに、どれほど頑張っても足りぬと声がする。より素晴らしいものがあり、それには及ばぬと嘆かれる。頂点に立てと誰が命じたわけでもない、だが周りの顔がほんの少し曇る。所詮、王の器ではない、と囁きが響く。我を捨てれば良かったのか? 素晴らしいといわれるものの真似をすれば良かったのか? 教えてくれ、そなたと私の間の差異をはっきりと。そうすれば諦められる、期待もせぬ。最初から間違っていたのだと思えばいいのだ」 なぜ、そなたは暁の后妃と呼ばれ、私は地下牢に座っているのだ? 「……私は」 シャルンはそっと口を開いた。 「求められるものになろうとして参りました」 幾度も輿入れする中で、こうであって欲しいということばを聞かされる度に、それを満たそうと努力した。 「満たせることも、満たせないこともありました」 私は人のことばを聞いて、変わり変えられ変え続けて参りました。 「その中でずっと、探して参りました」 私の願いを。望みを。祈りを。 「私は、どこに居て、何をしたくて……何に成りたいのか」 「………」 「ミラルシア様は私を暁の后妃と呼ばれますが、私は今カースウェルの王妃でありたいと願っております。それが同一のものか、異質のものか、私には判じかねます」 ミラルシアはシャルンをじっと凝視している。 「……差し出がましいとは存じますが、途中、なのではございませんか」 「途中、とは?」 「恐れながら、ミラルシア様は何に成ろうとされているのか、探しておられる途中ではないでしょうか」 「地下牢に居て?」 「ここで何を為さるかです」 「何を……するか……」 「私とお話になりたいと願われたのも、探し物をされているから」 「探し物……か」 ミラルシアの視線が初めて動いた。静かに背後を振り返る。土壁でしかないその場所を眺め、再びシャルンを振り向いた。 「…玉座に就く前、地下迷宮に行きたかったのだ」 薄い笑みが紅の唇に浮かんだ。 「そこには『花咲』という魔法があるかも知れぬのだ」 「っ」 ぞっとした寒気がシャルンの背中を這い上がった。恐らくは扉の外のレダンもまた震えを感じているだろう、思いもかけぬ糸口が現れたことに気づいて。 「アルシアの古い御伽噺でな。石に封じ込められ魔女の呼びかけに応じて応えるらしい。繭に閉じ込め埋められて、誰も見つけられず使えもしない魔法だ」 ミラルシアは深く息を吐いた。 「見てみたい」 「…はい」 「玉座に就いてしまったので、探しに行けぬと諦めた」 「はい」 「良いのだな、探しても」 「はい、殿下」 「その名も最早要らぬ。………血が、高ぶる」 「……はい」 微笑むミラルシアにシャルンも笑み返す。 「…サリストア?」 「……っ」 唐突に声を掛けられ、扉の外の気配が息を呑んだ。 「居るのだろう? 剣が欲しい。地上には出ぬ。装備を整え、地下通路を歩みたい。手助けしてくれぬか。玉座を押し付けた上の我儘で済まぬが」 扉が開いた。静かにサリストアが入ってくる。続いてレダンも。 「…面妖な格好をしておるが、何の冗談じゃ」 「姉上ほどではない…」 俯いたサリストアが一瞬光り落ちた雫を振り払う。 「提案がある」 「何だ?」 「地下迷宮を我らも探している。共に行かぬか」 ミラルシアは一瞬目を大きく見開き、くしゃりと顔を歪めた。 「許す」 応じた声が低く震えた。
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