「万葉集」に親しむ その百二十七
霍公鳥 汝(な)が初聲は われにもが 五月(さつき)の珠に 交(まじ)へて 貫(ぬ)かむ (― ホトトギスよ、お前の最初の一声は、私におくれ。五月の橘の実に交ぜて、緒に貫きたいから) 朝霞 たなびく野邊(のべ)に あしひきの 山霍公鳥(やまほととぎす) いつか來鳴かむ(― 朝霞の棚引く野辺に山ホトトギスは何時来て鳴くであろうか) 朝霞 八重山越えて 呼子鳥(よぶこどり) 鳴きや汝(な)が來る 屋戸(やど)もあらなくに(― 八重山を越えて、呼子鳥・鳴き声が人を呼ぶように聞こえる鳥で、郭公を始め色々の鳥を言う よ、鳴きながらお前はやってくるのか。借りて住むべき庭の植え込みもないのに) 霍公鳥 鳴く聲聞くや 卯の花の 咲き散る岳(をか)に 田葛(くず)引く少女(をとめ)(― ホトトギスの鳴く声を聞きましたか。卯の花・初夏に白い五弁の花が穂状に密生する の咲いては散る岡でクズを引いている乙女よ) 月夜(つくよ)よみ 鳴く霍公鳥 見まく欲(ほ)り われ草取れり 見む人もがも(― 月が良いので鳴くホトトギスを見たいと思って、私は草取りをしています。見てくださる人があればよいと思います。 前の歌への答えだと思われる ) 藤波の 散らまく惜しみ 霍公鳥 今城(いまき)の岳(をか)を 鳴きて越ゆなり(― 藤の花の散るのを惜しんで、ホトトギスが今城の岡を鳴きながら越える声が聞こえる) 朝霧の 八重山越えて 霍公鳥 卯の花邉(べ)から 鳴きて越え來(き)ぬ(― 幾重もの山を越えてホトトギスが、卯の花のあたりを鳴いて越えて来た) 木高(こだか)きは かつて木植ゑじ 霍公鳥 來鳴き響(とよ)めて 戀益(まさ)らしむ(― 木を高くは決して植えまい。ホトトギスが来て鳴き立てては、私の恋を募らせるから) 逢ひ難き 君に逢へる夜(よ) 霍公鳥 他時(あたしとき)ゆは 今こそ鳴かめ(― 逢いたいと思ってもなかなか会えないあなたに、ようやく今会えたのだから、ホトトギスよ、他の時よりも一層激しく鳴けばよいだ) 木(こ)の晩(くれ)の 夕闇(ゆふやみ)なるに 霍公鳥 何處(いづく)を家と 鳴き渡るらむ(― 木陰の暗がりの、しかも夕闇の時であるのに、あのホトトギスは何処を自分の家として鳴いて行くのであろうか) 霍公鳥 今朝の朝明(あさけ)に 鳴きつるは 君聞きけむか 朝寝(あさい)か寝(ね)けむ(― ホトトギスが今日の夜明けに鳴いたのを、あなたはお聞きになったでしょうか。それとも朝寝をしておいででしたのでしょうか) 霍公鳥 花橘の枝に居て 鳴き響(とよ)むれば 花は散りつつ(― ホトトギスが花橘の枝にいて鳴き立てているので、花はしきりに散っている) 慨(うれた)きや 醜霍公鳥(しこほととぎす) 今こそは 聲の嗄(か)るがに 來鳴き響(とよ)めめ(― ええっ、癪にさわるバカなホトトギスめ。いつもは喧しく鳴くのに、今こそ来て、声もかれるくらいに鳴き響かせればよいのに、やって来もしないのだ) 今夜(こよひ)の おぼつかなきに 霍公鳥(ほととぎす) 鳴くなる聲の 音の遥(はる)けさ(― あたりがぼんやりして様子も分からない今夜、ホトトギスの鳴く声が遥か遠くで聞こえるよ) 五月(さつき)山(やま) 卯(う)の花 月夜(つくよ)霍公鳥 聞けども飽かず また鳴かぬかも(― 五月の山に卯の花が咲いて月の光の美しい夜に、ホトトギスの声をいくら聞いても満ち足りた思いがしない。また鳴かないかなあ) 霍公鳥 來居(きゐ)も鳴かぬか わが屋前(やど)の 花橘の 地(つち)に散らむ見む(― ホトトギスがやって来て止まって鳴かないかなあ。私の家の庭先の花橘が土に散るのを見よう) 霍公鳥 厭(いと)ふ時無し 菖蒲(あやめぐさ) 蘰(かづら)にせむ日 此(こ)ゆ鳴き渡れ(― ホトトギスよ、何時と言って厭う時はない。しかし同じ鳴くならアヤメグサをかずらにする日に、ここを鳴いて通れ) 大和(やまと)には 鳴きてか來(く)らむ 霍公鳥 汝(な)が鳴く毎(ごと)に 亡(な)き人思ほゆ(― 大和には今頃鳴いて行っているであろうか、ホトトギスよ。お前が鳴くごとに亡き人が偲ばれてならない) 卯の花の 散らまく惜しみ 霍公鳥 野に出(で)山に入り 來鳴き響(とよも)す(― 卯の花が散るのを惜しんでホトトギスが、野に出、山に入りして、やって来て鳴き立てている) 橘の 林を植ゑむ 霍公鳥 常に冬まで 住み渡るがね(― 橘の林を植えようよ。ホトトギスが冬まで住み続けるために) 雨晴(あまは)れの 雲に副(たぐ)ひて 霍公鳥 春日(かすが)を指(さ)して 此(こ)ゆ鳴き渡る(― 雨上がりの雲と一緒にホトトギスが春日をさして此処を鳴きわたっていく) 物思(も)ふと 寝(い)ねぬ朝明(あさけ)に 霍公鳥 鳴きてさ渡る 為方(すべ)なきまでに(― 物を思うとて眠りもしなかった夜明けに、ホトトギスが鳴きながら飛び渡って行く。胸に響いてどうすることも出来ない程に) わが衣(きぬ)を 君に着せよと霍公鳥 われを領(うなが)す 袖に來(き)居(ゐ)つつ(― 自分の着物を君に着せよとホトトギスが、袖に来て鳴いて私を促すよ)