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Mar 3, 2009
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2月20日から4日間、中国の大連というところで

ミシン修理の依頼があり、出稼ぎに行ってきました。

北の香港といわれる大連市がどんな所か興味があったのと

現在の中国での靴づくりがどんな風なのかを体感できるのでは、

と考え、修理依頼を快諾したのだった。

黄海を挟んで朝鮮半島と向き合う位置にある

大連市は遼寧省の海岸沿いで多くの外資系企業が進出している

開放地域だそうで人口も600万人からの都市であります。

英語読みではDALIAN(ダリアン)と書かれていて大連(だいれん)

という現地の発音がダリアンになったようです。

どうでもいいことですが‥。

さて、現地の靴工場のオーナーは日本人で製造に必要な

ノウハウや考え方また、ほとんどの設備は日本からのものでした。

中国全般の中では大規模工場が多いのですが、ここは比較的こじんまりと

140人くらいで日本的な工場だったことに少し驚きを感じました。

ただ、働いている人たちに日本語が通じないだけです。


かつて、日本の東北地方などに多くの縫製産業の工場が誘致され

浅草の靴メーカーさんなども競って工場を建て生産をしていた

時代がありました。今から20年は前の話です。

バブル崩壊後、今まで残っているところは片手で数えるほどですが

そのころの工場の雰囲気と記憶が、何故か蘇ってくる大連の工場でした。

それもそのはず、あの時に靴メーカーが日本で設備したミシンや機械は

その会社が倒産した後、海を渡って新しい主人の元で働いていたので

あります。機械だけではなく、様々な技術指導においても

当時の日本人技術者の力を借りて成長してきたのです。


今は、あらゆる製造業が海外の安い人件費の

生産にシフトしてしまって国内での量産の

ものづくりが困難になってしまいました。製造の仕事がないのです。

いわゆる産業の空洞化ですが、経営としては日本で行き詰ったものの

機械や技術はまだ、海外でのセカンドライフがつづいていたという

日本人にとっては皮肉な話になってしまいました。

しかし、思うに、機械たちはけして奴隷として

連れてこられて、無理に働かせられているのではなく、

そこには日本の技術の伝承者としてここで働いています。といった

生き生きとした尊厳のようなものを感じるのです。

本来、日本の工場で使命をまっとうすべきだったのかも

知れません。しかし、叶わなかった‥。


20台くらいのミシンを丁寧に修理し終えたあと、

工場内を見渡すと‥、

ガタガタ、ボロボロのミシンたちが光彩を放っているように思えたのです。

ただ、働いている人たちに日本語が通じないだけなのです‥。

                          その2へつづく

















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Last updated  Mar 4, 2009 01:23:18 AM
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