ジミー・ペイジ ツェッペリン結成以後 安達久美の傾倒したツェッペリン
レッド・ツェッペリンが19年振り再結成コンサート。ジミー・ペイジが指を骨折のため、12月10日に延期。でも楽しみですね。ジミー・ペイジのツエッペリン以前は2007.11.02の本ブログに掲載させていただきました。今回はツェッペリンの結成の過程とペッツェリン時代の足跡を、ジミー・ペイジの視点からたどって行きたいと思います。ジミー・ペイジはバンドの継続に意欲があり、また契約も残っていた彼は新しいメンバーを集めヤードバーズとしての活動を続けようと考えました。まず、ベーシストにジョン・ポール・ジョーンズ*1】が決定するものの、他のパートはこれは,と誘っては契約の壁があったりと、困難の壁に突き当たっていました。ヴォーカリストにテリー・リードも起用しようとしたものの契約の壁から、これも頓挫してしまいます。ところがテリー・リードの推薦で元バンド・オブ・ジョイのロバート・プラントをヴォーカリストに決定しました。ドラマーはプラントの強い勧めでジョン・ボーナムが加入することとなりました。鎖のようにリンクして。レッド・ツェッペリンという伝説的バンドの原点が誕生したのです。【変わったバンド名?の由来】ジェフ・ベックのソロ・シングルの録音のためジミー・ペイジ(ギター)、ジョン・ポール・ジョーンズ(ベース)、ニッキー・ホプキンス(ピアノ)、キース・ムーン(ドラムス、ザ・フー)の5人のセッションが行われたのです。このセッションは非常に充実したもので、5人中4人はパーマネントなバンドとしての活動を希望しましたが、ジョーンズが乗り気でなかったことと、いいシンガーが見つからなかったことでこの計画は頓挫してしまいます。その時に*2】キース・ムーンが「もし、俺たちが今いるバンドを辞めたら、きっと向こうは鉛の風船のように急降下だろうぜ、いや、鉛の飛行船(lead zeppelin)かな?」と言いました。「going like lead Zeppelin」ツェッペリンはハードロックバンドの一種であると思われるかもしれませんが、独特の感覚、リズム感を持つ音楽性にはハードロックとは言えないかもしれません。また、アコースティックギター中心のナンバー、トラッド風、メローなバラード調をはじめ、特に5枚目のアルバム以降は様々な音楽を取り入れ、1980年に解散するまで貪欲にその音楽的独自性を高めていた。またレッドツェッペリンは当初トラッド・フォーク・ロックバンドとして活動する計画もあったようです。これはジミー・ペイジのフォーク趣味とプラントの民族音楽志向もあってのことでした。結果的にジョン・ボーナムという最高のドラマーを得たことにより、バンドは轟音のロックを目指すようになりました。しかしこのペイジとプラントのフォーク風・トラッド風な傾向は『天国への階段』*3】(4枚目のアルバム)をはじめ、様々な曲に大きく影響しています。6枚目のアルバム「フィジカル・グラフィティ」に収録された「トランプルド・アンダー・フット」は当時ニューヨークのアンダーグラウンドで黒人の間で盛り上がっていた、いわゆるクラブ音楽としてのディスコで頻繁にプレイされている。ツェッペリンは1971、72年に来日公演を果たしており、71年の広島公演に際しては広島市平和記念資料館を訪れ「二度と戦争は起こしてはいけない」と涙ながらに語ってもいる。ツェッペリンは1980年、ジョン・ボーナムの死去により活動を停止する。ペイジのソロ活動は、また機会があれば掲載させていただきたいと思います。その活動はすばらしいと思いますが、やはり彼の本来の姿は、ギタリストでもあり,プロデューサーでもあるグループのときかもしれません。ツエッペリンのとき(1970年代)が彼の絶頂期と言われる方も多いようです。*1】父親からピアノを習、14歳で教会のオルガン奏者となり同年彼は最初のベースギター、フェンダー・ジャズベースを購入したのです。シカゴのフィル・アプチャーチの演奏がジョーンズにベースギターの演奏を決意させ、彼はベーシストとなりました。*2】10代になるとトランペットを始めるが上達せず、ドラムに転向。1964年のある晩、グリーンフォードのホテルでライブを行ったハイ・ナンバーズのドラマー、ダグ・サンデンを「オレの方がドラムが上手い」と挑発。メンバーが試しに演奏させてみたところ、彼の言うことが本当であったので、彼はそのままハイ・ナンバーズの正式ドラマーとして迎えられた。これがキース・ムーンとザ・フーとの出会いだった。*3】4thアルバム収録の「天国への階段」は、かのカラヤンをして「私がこの曲をアレンジしたとしても、全く同様になったことであろう」と言わしめたロックの名曲であり、近年での再結成時においても、存命中のメンバー3名がそろった時にしか(歌入りで)完奏されない、彼らのシンボル的曲である。【補記】New Yardbirdsの時代がありこの時代からツエッペリンの楽曲を演奏している。レコード会社がツェッペリンとヤードバーズで違うため、ペイジが当時ヤードバーズの所属していたレコード会社の商業主義に嫌気が差しており、New Yardbirdsのグループ名があるようです。皆様の応援が私の生きる糧です。blogランキング応援をお願いしますm(_ _)m