カテゴリ:読書
「トニー谷、ざんす」は戦後の混乱期に現れ、しゃべくり司会や映画・舞台で大活躍したトニー谷さんの半生記だった。彼は徹底した秘密主義(本名や住んでいる事も秘密)で芸人になる前の経歴もほとんど秘密で公表されているプロフィールもガセで戦後のドサクサに現れたあだ花のような人だったそうな。そもそもどーいう方法で芸能人になったかも不明で、本人は「駐留米軍の専属バンドの手伝いからはじまり、カタコトの英語で司会をこなしていたらいつの間にかプロ司会者になっていた」と本人は証言しているが、実は英語はほとんどしゃべれなかったそうな。戦後、ホールでの生バンド・ショーが東京では盛んに行われており、しゃべりのうまい司会者は重宝されトニー谷も司会者からタレントに転向し、ヘンテコ英語やソロバンを弾きながら踊り狂う姿がバカ受けし映画やTVショーに出るまでなったそうな。しかし、バカ売れしている時に実息子が誘拐され、なかなか犯人が逮捕されず憔悴しきっている時に秘密にしていた住所に報道陣や物見遊山の芸人仲間が大量に訪れむちゃくちゃになっている時にある地方のおっさんが「トニー谷の、人を小バカにした芸風に腹が立った」という安易な理由でわざわざ東京に潜伏し、お子さんを小学校から誘拐したそうな。しかし、このおっさんは疎く、刑事とトニー側の関係者を間違い、刑事に話しかけあっさり逮捕されたそうな。(この犯人には嫁と息子がおり、誘拐してきた子どもとなかよく生活していたそうな。大きく報道されているのに、嫁はまったく気がつかなかったそうな)この事件がきっかけで人気は下降し、TV業界から姿を消し元のショー司会や地方営業と働き、ハワイに移住するも再びTV業界に復帰し、プチブレイクするもそのままフェイドアウトしたそうな。後に石原裕次郎と同じ肝臓ガンで69歳の生涯をとじたそうな。この本にも書いているがトニー谷は芸人仲間からかなり嫌われており困ったときも誰一人手を差しのべることもなかったそうな。今でいう毒舌芸と徹底した秘密主義(芸人は噂話が大好きなのです)と性格の悪さ(平気で踊り子さんや裏方の女性スタッフ、先輩芸人の恋人までに手を出す始末)で愛想をつかされたそうな。いや~昔の芸人さんはすごい。今のタレント芸人さんと全然スケールが違う。こーいう芸人さんでてこないかなぁ~無理か…。とても詳細にトニー谷という芸人の生き様が書かれており、おもしろかった。「理系女子(リケジョ)あるある」はよくある「あるある一行エピソード集」で70個の理系女子あるあるが書かれていた。私の周りには理系女子などいないので「へ~こーいう思考回路か~おもしろい」という感じで書かれていた。薄い冊子のような本だったのでサクサク読了した。「風土記謎解き散歩」は現存している常陸・播磨・出雲・肥前・豊後風土記からおもしろいエピソードや特産品、当時の人々の暮らしが書かれていた。朝廷から「各地の民話・神話・名産・地名の理由などいろいろ情報を集め朝廷に報告せよ」と通達したが、真面目に提出した国は少なく、「編纂に時間がかかります」ということでそのまま放置してしまったそうな。今現存しているの5国分で解説本もいくつか出版されており、私も地元である播磨風土記は何度も読んでおり知っているエピソードも多々あり、やっぱりおもしろかった。おまけで日本各地にある○○風土記の丘や博物館・公演を網羅していた。なかなかおもしろかった。
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Last updated
September 2, 2013 12:06:58 AM
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