2017/12/25(月)11:24
具志川城(琉球王国)
沖縄本島の最南端、喜屋武岬近くにあるのが具志川城です。
東シナ海に臨む城跡(ぐすくあと)には、サンゴで出来た琉球石灰岩の城壁が残っていました。
首里城と違って、ここではサンゴ石の野面積みです。
城壁には門があったのかも知れませんが、崩落していてよくわかりませんでした。
虎口跡
具志川城は三方を海に囲まれており、虎口を抜けると主郭の先に太平洋が広がっていました。
虎口跡から見た主郭
柵で囲まれた井戸のような場所は「ひーふちみー(火吹き穴)」と呼ばれ、海につながっています。
「ひーふちみー」は、荷物の上げ下ろしや有事の際の避難に使われたとされたようです。
主郭虎口(内側から見たところ)
海に面した石垣には、見張りのための階段と武者走りの跡がありました。
階段跡
武者走り跡
本土の城(しろ)について言えば、戦闘拠点としての役割が主だったと思います。
琉球の城(ぐすく)では、交易の拠点としての役割が主で、海に対する物見は重要な機能だったのかも知れません。
具志川城西側の太平洋
南側
断崖絶壁で囲まれています。
東側
その向こうが喜屋武岬です。
具志川城の築城時期は明らかではありませんが、出土した遺物からは13世紀から15世紀に使用されていたとされています。
また、築城主は久米島から逃れてきた按司とされています。
首里城のような相方積みや布積みではありませんが、少なくとも本土では石垣すら登場しない時期、琉球では野面積みの石垣が存在していたことになります。