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テーマ:政治について(19770)
カテゴリ:政治「物申す!」
今日はとある忘年会に出席した。「ビンボウ」なのだが「お誘い」を無碍にもできない人からの出席要請だった。議員時代の残滓というと言い過ぎか。楽しい時間だったことは間違いないところだが。
やはり話題は「不況」と「政治」の混迷が多かった。ある参加者からは「結局、民主党政権になっても、同じことなんじゃないか」と言われた。 その人は「1998年以降の選挙公約とマニフェストを見れば、コイズミがやらなくても民主党がやっただろうし、消費税増税や大企業優遇法人税、今の派遣切りにつながる雇用政策だって民主党は掲げていた」と言う。 そうなのだ。民主党政権で国民個々の生活は守られるのか。私が感じているギモンと同じ認識だった。 今回の不況はこれまでとはちょっと状況が違うように感じている。 企業業績は、国内マーケット中心の企業はけっして良くはなかったが、海外マーケット中心の企業は過去最大の利益を上げ続けていた。そしてそこに連なる企業群も同じだった。 政府の政策も輸出関連企業中心の政策に偏った。 ところが、国内物価の安定、一部には下がったと言う理由で、給料は下がり続けた。特に昨年から今年にかけて、原油価格の高騰からさまざまな物価が上がり始め、いわゆる「スタグフレーション」になっても、政府も民主党も反応は鈍かった。 ある民主党議員は「比較の問題でこれまでが安すぎたのだ。やっと適正価格に追いついた」とまるで経済産業省の役人の受け売りみたいなことを「したり顔」でのたまう不見識ぶり、だ。 「派遣切り」といわれるように、企業は「利益」があるのに首切りを始めた。これは過去の不況にはなかったことだ。 しかも「派遣切り」を行っている企業は事もあろうに、「解雇はしていない。派遣会社との契約を打ち切っただけだ。個々の労働者の問題は派遣会社との間の問題で当方は関知しない。」という。 1999年に派遣法が抜本改正された時に、労働省の役人に「これはたいへんな時代になるかもしれない」と言われたことを思い出した。 ハローワークなど職業紹介の「現場」では「雇用の流動化といえば聞こえが良いが、流れが澱んでしまったら次に流れて行く先が無い。そうなる恐れが強いし、そうなったら労働者を守るすべが無い」事をもっとも恐れていた。そしてその危惧は現実のものになった。 ここに至るまで好景気だと言われながら一般家庭ではその実感がなかった。収入が伸びない中で定率減税の廃止や社会保険料負担の増大、医療費の負担増など、むしろ公的な負担が増え続けたのが実態だ。 このように家計が圧迫され、余裕が無い中での景気後退局面、不況突入だ。しかも雇用不安がまず最初に顕著になった。個々の家計はまったく余裕が無いのに、余裕がある企業が派遣切りをして雇用不安を煽っている。 しかも麻生首相の雇用安定要請が事実上無視されたように、政治はまったくの無力だ。 また、企業側と一緒になって、工場労働者の派遣置き換えを行ってきた「連合」もまったく頼りにならない。この危機的状況に対して、例えば連合ホームページを見ても「要請」しているばかりで「戦う」姿勢は残念ながら伝わってこない。 庶民には「我慢」を強いている。太平洋戦争中には「欲しがりません。勝つまでは」という標語があったが、今回はいったい「いつまで」我慢すればよいのか。 明らかに政治の無力が庶民の生活を圧迫している状況なのに「無期限」の我慢を強いるだけでは、2大政党に期待はできない。「国民の生活が第1」と言う民主党も個々の議員の発言を見ていると、かなりの「その場限り」標語だと分かる。 家計軸足の第3極勢力が必要だ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
December 14, 2008 10:06:29 AM
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