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テーマ:ささやかな幸せ(6742)
カテゴリ:猫はなし
もう数週間経ってしまうんだけど
先日、母の誕生日があった。 今年は、去年のように旅行には連れて行ってあげられないので 軽く食事をごちそうしてあげることに。 何が食べたいか聞いたら、イタリアンだって。 こないだ、あたしが幼馴染と行ったイタリアンのお店を、 接客、味ともにとっても良かったという話を覚えていて どうしても気になるという理由だった。 フレンチのコースかカニでもどうかと思っていたんだけど そこがいいと言うので、予約。 そこで、ちょっぴりひらめいた。 今年は、丸いケーキもいらないというので 予約の時に、デザートプレートをお願いしてみた。 「おたんじょうびおめでとう」のメッセージをつけて 予算は、千円~1500円くらい。 サプライズで、食後に出して欲しいと。 電話口の女の子は、慣れていない様子。 普段は、やっていないのだろう。 そんなわがままなお願いを、何度も厨房に確認しながら 聞き入れてくれた。 当日、夕方18時に母を迎えに行く途中、寄り道。 今年のプレゼントは「通販の座椅子」。 実用的で欲しいものだけど ロマンチックさの欠片もなく、母はすでに自分で注文済み。 こちらも、お金を払っているけど プレゼントした感がない。 だから、寄ったのはお花屋さん。 ユリの花束を一つ買った。 先にお店に持っていって 隠しておいてもらえば、もっと完璧だったんだろうけど 思いつくのが遅かった(^_^;) 母を迎え入れた車で、 「ハッピーバースデ~~~♪」の言葉とともに渡すと ビックリしながらも、とても喜んでくれた。 恋人ではないので、これくらいの演出でちょうどいいかも。 母は、華美な見かけに反して貧乏性だし、 「花なんて勿体ない。」という考え。 1週間やそこらで枯れてしまう花に何千円もかけるのは たしかに勿体ない。 けれど、祝いの席で花が欠かせないのはなぜか。 人を笑顔にするからだ。 ただ、その瞬間、 その人を癒し、祝う為だけに 命を切り取られた花だからこそできる 不思議なパワーが花束にはある。 何万円もかかる歳の数だけの薔薇はいきすぎだけど プレゼントに花を添えるのは 素敵な無駄遣いだとあたしは思う。 大切そうにユリのブーケを抱えた母を乗せて、 車は、夕食場所へ。 特に、コースは注文せず、 食べたい物をそれぞれ頼んだ。 やっぱり、ここの料理は美味しい(*^_^*) 母も大満足。 気が付けば、お店はほぼ満席だった。 ひとしきり満腹になったところで、 お店の人に合図すると、 なんと、ホールスタッフ4人全員がデザートプレートを持って 大名行列のように登場。 あたし達のテーブルの前に横一列に整列して 「○○ちゃん(母の名前)、お誕生日おめでとうございます!!!!」 なにがなんだかわからない、ドッキリを暴露されたみたいな顔で驚く母。 続けて、「一曲、歌わせていただきます!!!!」 そう言って、イタリア語でハッピーパースデーを熱唱してくれたwww 店内のお客さんも食事の手を止めて 一緒に手拍子や拍手をしてくれた。 ちょっと大袈裟すぎて恥ずかしかったかな?って思ったら 母は、持ってきたデジカメでお店の人達と一緒に記念撮影をしていた(笑) 母には、ドンピシャの演出だったらしい(^_^;) お店の人が引いてから、日頃の感謝の気持ちを綴ったメッセージカードを渡すと 読みながら、母は涙ぐんでいた。 気が付けば、若い若いと思っていた母も還暦を超えた。 10歳は若く見えるけど、プレゼントは座椅子だし、 脳梗塞、バセドー病と、薬なしでは生活できないのが現実。 母にしてもらっていることを考えれば 孝行なんて言葉にはほど遠い。 ただ、 元気で、また一つ歳を重ねてくれたことを心から祝いたかった。 ただ、ちょっぴり腹黒いはなしだけど 同じものをプレゼントするのでも、 演出ってやっぱり大切だと思う。 母が泣いたのは、 この3段階のジャブが効いたと思われるwww そして、添える言葉とタイミング。 プレゼントは、物そのものよりも「気持ち」。 どうしたら相手が喜ぶか。 軽い演出でも、下準備は必須なので それを考える時間と労力が 何よりの贈り物。 帰り道、感心する旦那にこんこんと話してみたけど、 彼には理解はできても、一生行動に移すことはできないだろう。 昨夜、ホワイトデーのお返しに口紅をねだったら 「チョコのお返しにしては高い」 とゴネられ、結果、しぶしぶ三千円渡された。 ゴディバのチョコをよりも、 あたしの手作りチョコがいい というのは、大嘘らしい(-_-;) 脱線しちゃった。 実際、予算には限りがある。 今回、母をフレンチやカニに連れてっていたら こんなことは思いつかなったと思う。 お腹いっぱい食べても、一人3千円くらいで済んでしまうイタリアンだったからこそ、 申し訳なさも手伝って、「何か」と考えたのは事実。 お金をかけて、高いものを御馳走するより 喜んでもらうことができるんだって 学ぶことができた今年の母のバースデーだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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