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カテゴリ:ショスタコーヴィチ
「5番なんか聞いているやつは子供だ。」
とある知人が言った。 「ガキだ。」 と彼は続けた。 「大人なら,4・8,それと1番を聞かなきゃ。」 もちろん,ショスタコーヴィチの交響曲のことだ。 彼の言わんとすることはわかるけれども,いささか極端にすぎる彼の言い方に私はムッとして反論した。 「それはあなたが金管系だから。」 彼は(元)ホルン吹き。学生オケでブルックナー第4の冒頭ソロを吹いた,というのが自慢。(本番で見事にこけたそうであるが。) 僕は続けて突っ込む。 「では10番は?15番は?子供かな?」 思いがけない反論に 「・・・まあよいけど,聞いててあまり面白くない。」 と歯切れがわるい。 本音が出た。 楽器使いは,どうしても自分の楽器を中心に曲を聞く傾向がある。 特に管楽器系がそう。 オケの中で自分が一番えらいと思っている人もしばしば。 彼が「聞いてて面白くない」と言ったのは,自分の楽器の活躍の場が少ないからだろう。 前置きはこれくらいにして,ショスタコーヴィチの交響曲群について。 彼は生前,長らく「ソ連の社会主義リアリズム(ソ連の国家プロパガンダ)の作曲家,代表作は「森の歌」「交響曲第5番」」と教科書に書かれてきた。 しかし,その死後に出たヴォルコフ著「ショスタコーヴィチの証言」によって,実は彼は社会主義体制の中で国家との格闘を繰り返した悲愴な芸術家であったことが明らかになる。 「証言」の中で,彼は語る。 「私の交響曲は墓碑である。社会主義によって殺された名もなき同朋たちの。スターリンによって殺されていった同志たちの。」 「証言」での彼は常に3重の意味で小刻みに震えている。 ひとつめは,酷寒のロシアの大地に生きるゆえに。 ふたつめは,社会主義体制への恐怖ゆえに。 みっつめは,スターリンに対する怒りゆえに。 このソ連の統制の下(それは「表現の自由」という概念を完全に否定するものだった),「国家」「体制」「管理」「監視」とは無関係でいられなかったショスタコーヴィチの交響曲は,「怒り」「恐怖」「皮肉(アイロニー)」「ごまかし」「へつらい」「諧謔」「迎合」「反発」「不条理」そして「無力感」など,国家という巨大なものを前にして感じるひとりの人間としての感情が詰め込まれている。 これが,国家公務員として生きる僕のこころに激しく共鳴する。 上記知人は, 「ベートーヴェンは嫌いだ。公務員みたいな曲ばっかり。いつも「こうするのが正しいんですよ」って言ってるみたいで。」 でも,僕と同じ公務員である彼は何よりもショスタコーヴィチを好んでいる。 その偏愛ぶりは,まっすぐに登場して直角に曲がるアクロバティックな金管ゆえだけでもなさそうだ。 本人は気付いていないようだが。 ちなみに僕は,ベートーヴェンほど幅広い自由度を持った作曲家はいないとと思っている。後期ロマン派までは(もちろんそれ以降も),名のある作曲家はすべて彼の真似ッこに過ぎない。ブラームスなどはその代表格。(だからと言って劣っているという話ではない。)つまり,彼は真に自分のオリジナルの表現方法を獲得したにすぎないのであって,その後につづく作曲家たちが争ってその方法を真似したためにいわゆる教科書的「形式」が生まれたのだ。「形式」を作ったのは,彼ではなく,彼を信奉した彼の後輩たち(シューベルトやシューマンなど初期ロマン派においてそれが顕著)である。ただ後世の作曲家たちにとっての不幸だったのは,ベートーヴェンはまさに人知の及ぶ限りのありとあらゆることをただの一人で完全にやってのけてしまったことだった。それがゆえに後世は皆かれの後塵に拝するしかなかった。なにをしようとしても彼の存在を意識せざるを得ず,結局はベートーヴェンを超えることはできず,彼の「形式」の中にとどまることになってしまった。 話がそれる。 本題は,ショスタコーヴィチの交響曲の「公務員性」ないしは「官僚性」又は「国家性」について。 いきなりこういう仮説・定義づけは強引すぎると思われるかもしれないが,しかし,ショスタコーヴィチの交響曲の「国家性」についてはだれも否定できまい。 同時代のプロコフィエフなどが持つ「国民性」すなわち,土地としての,人としてのロシアくささ,言ってみれば自然ににじみ出る「カントリー性」と比較すると,ショスタコーヴィチの「国家性」「ガバメント性」が浮かび上がってくる。 それは人工的なものだ。 それがゆえにまた,非情に人間くさい世界である。 20世紀の中盤,鉄のカーテンの内側だったソ連の過酷な体制で生きることと今この国で国家公務員として生きることは比較にならないことはあまたの反論を待つまでもないことであるが,「国家」という巨大な存在の中に棲み,生きることを宿命づけられ,それを生業とする一人の人間として,その中でうごめく感情は,抽象化された音楽の世界においては,共鳴するところが非常におおきい。 前段で羅列した, 「怒り」 「恐怖」 「皮肉」 「諧謔」 「迎合」 「反発」 「不条理」 「無力感」 は,クールで冷たいと思われがちな国家公務員でさえ,一人の人間の感情として当然にあるものだ。(前提として,その人が「赤い血を持った人間」であった場合の話だが。) 本当は今日第5交響曲ないしは第10交響曲を例にあげて説明したかったのですが,もうそろそろ時間切れです。寝なければいけません。 (今週は寝不足で肌が荒れています。) 今夜は15ある交響曲の簡単な紹介に留めます。 第1番:学生時代のデビュー曲。青いけど,すでに大家の風貌がある。フィナーレの途中の全休符で間違って拍手しないように注意! 第2番「10月革命に捧ぐ」:こんなの書くから「社会主義リアリズム(ソ連のプロパガンダ)作曲家」と言われるんだ。交響曲という名の合唱曲。 第3番「メーデー」:2番に同じ。ソ連崩壊はもはや歴史となった今日,あまり真面目に聞く気になれない。 第4番:これを聞けるようになったらオトナ(笑)。炸裂する爆音。咆哮するオーケストラ。怒りと不条理とアイロニーと。この作品以降,ショスタコーヴィチはだんだんショスタコーヴィチらしくなっていく。覚悟して聞かないと,鼓膜をやられます。 第5番:もう誰もこの曲を「革命」なって言ってないよね?まだそう呼んでる人がいたら恥かしいので明日からやめてください。彼の作品の中ではもっとも有名な作品で,もっとも聞きやすい。でも,それだけじゃない。「ガキ」だなんて,とんでもない。誤解も甚だしい。よく聴いてください。 第6番:レント→アレグロ→プレストと段々はやくなる,お茶目といえばお茶目なつくり。 第7番「レニングラード」:ナチスのレニングラード侵攻を描いた「音の壁画」。空前の大作。しかし見ようによっては,政府映画的で,やや俗っぽい。だがショスタコーヴィチ自身は「ベートーヴェンの第7でさえ当時は『戦争交響曲』と言われていた。私の第7もいまは『戦争交響曲』と呼ばれているようだが。」と純音楽的作品であることを自負していた。 第8番:意味するところがつかめそうでつかめない,謎に満ちた大作。第3楽章だけでも聴く価値アリ。これを聞けるようになったらオトナ(しつこい?) 第9番:ふつう「第9」といえば,交響曲作家ならばベートーヴェンを意識するしないに関わらず,生涯をかけた大作をぶつけてくるところ。しかしショスタコは世界中に対して見事に肩透かしを食らわせた。第1楽章のおどけた主題は彼の哄笑。これを聞いたスターリンは激怒した。バーンスタインは「最高級のディナーの席にポテトチップが出てくるようなもの」と例えて愛し,この曲を何度となくコンサートで取り上げた。この曲のファンは結構多い。 第10番:何者も留めようのない一人の人間の激しい怒り。怒りの中での辛らつな皮肉。第1楽章は拳を握り締め静かに怒りをこらえる彼自身の姿。やり場のない感情。第2楽章は「音によるスターリンの肖像画」。しかしそこから見えてくるのは,やはりショスタコーヴィチその人の怒りに打ち震える生々しい姿。絵の具で描かれたスターリンではない。第3楽章は寒空のなかの逍遥。突然爆発する皮肉に満ちた悲愴な笑いは,次の瞬間には恐怖に満ちた焦燥感に変化する。第4楽章フィナーレは「楽観的悲劇」と当局によって名づけられたそうな…。「なにをしたところで結局のところ無駄なのだ。どこへもいけない。どこにもたどり着けない。今ここで道化として生きるしかない。」ショスタコーヴィチの交響曲中,最高の傑作。 第11番「1905年」:革命前夜の「血の日曜日事件」の描写。一見革命礼賛のようだが,もちろんそうではなく,彼が真に描こうとしたのは「革命」という後付けされた歴史の中で,何も知らず何もわからず死んでいった多くの祖国民の姿。かれはこのように当局の目を盗むために体制迎合的作品のように見せかけながら歴史の墓標たる芸術作品を書いていた。 第12番「1917年」:第11番とは双子的作品。「静」と「動」。軍艦マーチ的・愛国主義的な祖国の軍事力への賛歌。一見無邪気で威勢のいい曲だが,さまざまな感情が隠されていると見るべき。 第13番「バービ・ヤール」:(すみません,よく勉強しておきます。) 第14番:第13番に同じ。(この辺はさすがに渋い・・・) 第15番:最晩年の作品。さまざまな打楽器が活躍する。第1楽章は夜中にひとりでに騒ぎ出すひっくり返ったおもちゃ箱。老人の幼年期の思い出。第2楽章はジークフリートの葬送行進曲のパロディー。第3楽章はシニカルなリズムの競演。第4楽章,特にラストは夜空に静かにきらめく星のような美しい輝きを放つ。諦観・・・。マーラーの第9や「大地の歌」,ブルックナーの第9にも並び称される秀逸の作品。 各論へ続く。 (乞うご期待!) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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