消えない記憶
以前娘がお世話になった福祉施設の先生に、急に会いたくなったので今日は、その先生の今の職場(大人の福祉施設)に娘と行って来た。幸い、文化祭のような作品展が行なわれていて出入り自由状態だった。ぶっちゃけ、私は、大人の知的障害者にはまだ慣れていない。ドアに入ると、20歳代~60歳代の大人が、何も疑うことなく、私に優しい笑顔で挨拶をしてくれた。お目当ての先生に会い、少し立ち話できた。その間、娘は別の部屋に行ってしまったようで、同じことを何回もしつこく叫ぶ声だけが聞こえた。しかし、よく聞くと、娘の声だけでなく、お姉さんの声も聞こえる。「あ~、つきあわせちゃって申し訳ないな。」そんな風にも思ったのだが、そのお姉さんも娘以上に根気強い。(笑)様子を見に行ったら、やっぱり障害のあるお姉さんで娘のしつこさをまったく苦にしている様子もなく、楽しそうに相手をしてくださっていた。私だったら、とっくにブチ切れているところだ。しつこく叫び合う二人をみて、こんな世界もあるのか、と感心した。少し知的に遅れのあるような60歳代のオバサンが、先生からウワサを聞いたのか、てのひらを私にみせてくれた。なぜかは聞かなかったけど、一本だけ短い指があった。「九死に一生…… 事故や何かに巻き込まれても助かるって線がキレイに出てますよ。 なにかそういったことってありましたか?」「うん……あのね、私…… 知らない人に首を締められて、殺されそうになったことがある…… 本当に苦しくて、苦しくてね…… でもね、その時、もう死んでもいいや。って思ったの。 だけど、どういう訳か、助けてー!!って声が出てね…… そしたらその人が逃げてって……」「そんなことあったんですか?それは怖かったでしょう。 今も、急にその時のことが思い浮かんで、苦しくなったりしませんか?」オバサンは泣きながら、うんうんと頷いた。「あの時、よくわからなくなって、警察にも言わなかったよ。 もうね、怖いからあれから夜は一人で歩けなくなっちゃった……」そんな怖い思いをしたあと、一人暮らしのオバサンはそのあとどうやって気持ちを落ち着けたんだろう。『もう死んでもいいや』なんて、オバサンの人生はどんなものだったのだろう。 「……でも、助かってよかったですね。」簡単にそんなことを言っていいのか迷ったけど、私がそう言った後オバサンは笑顔でこたえてくれた。今は楽しく過ごせているみたい。でも、記憶が完全に消えることなんて、ないんだろうな。